筑紫哲也さん天国で“禁煙”棺にタバコ入れず

[ 2008年11月10日 06:00 ]

親族、関係者によって運び出される筑紫哲也さんの棺

 7日に肺がんのため73歳で亡くなったキャスターの筑紫哲也さんの葬儀・告別式が9日、東京都練馬区の自宅で営まれた。TBS「NEWS23」でパートナーを務めた膳場貴子キャスター(33)ら約80人が参列。また、歌手デビュー当時から親交があった和田アキ子(58)はテレビ番組で、10代のころ、筑紫さんの前で喫煙していたエピソードなどを明かした。

 葬儀は密葬形式で、近親者のみで執り行われた。祭壇はもうけず、棺の周りを生花で囲んだ。遺影は数年前に撮影された1枚のようで、筑紫さんがやさしくほほ笑んでいる。
 午後2時の出棺。小雨が降りしきる中、喪主の妻房子(ふさこ)さんが位牌、長男拓也さんが遺影を抱え、長女いずみさん、次女ゆうなさんが続いた。房子さんは、やつれた表情で顔を落としたまま。霊きゅう車の長いクラクションの後、参列者らに一礼した。
 これに先立ち棺には取材ノート、書籍、雑誌、そして大好きだった酒などが納められた。生前は麻雀好きで知られ、歌手の井上陽水(60)らとつまんだ麻雀牌、過去に対談したチベット仏教最高指導者のダライ・ラマ14世(73)から贈られた砂も添えられた。
 ただ、1日計3箱は吸ったというたばこは持たずに旅立った。「ハイライト」や「マールボロ」を好んだが、肺がんを患ってからは「一服できないと面白くない」と話しながらも断っていた。参列したメディアプロデューサーの残間里江子さん(58)によると「奥さんのたっての希望で入れなかったみたいです」という。
 膳場キャスターは目を真っ赤に腫らし、TBSの佐古忠彦アナウンサー(44)は何度も手を合わせ、頭を下げた。
 公私ともに親交のあったジャーナリストの田原総一朗氏(74)は、テレビ朝日「サンデープロジェクト」の生放送を終えて駆けつけた。15分ほど対面し「戦友でした。心臓がガツーンとやられた感じですが、僕らが頑張らないといけない」と声を震わせた。最後に会ったのは5月の2008年度日本記者クラブ賞の授賞式。「筑紫さん、生きてくださいと言ったら、“うん頑張る”と話していた。まだやりたいことがいっぱいあったでしょう」と惜しんだ。
 遺体は都内の斎場で荼毘(だび)に付された。戒名は「無量院釋哲也」。後日、お別れの会が開かれる。

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