【駒田徳広 我が道1】公式戦初出場、初打席 「満塁男」あっての野球人生

[ 2026年5月1日 07:00 ]

83年4月10日大洋戦、プロ初打席満塁本塁打の衝撃デビュー
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 ありがたいよねえ。たとえば名球会のイベントに顔を出したら「元祖満塁男」と紹介してもらえる。「ミスタープロ野球」「世界のホームラン王」をはじめ凄いレジェンドがたくさんいる中で、自分にもそんな異名がある。誇りに思うよ。

 巨人入団3年目の1983年(昭58)4月10日、開幕第2戦の大洋(現DeNA)戦(後楽園)だった。試合前の練習中、中畑清さんがケガをして急きょ巡ってきた公式戦初出場。初回、2点を先制してなお1死満塁で初打席が回ってきた。

 マウンドにはプロ初先発の右田一彦さん。前年2軍のイースタン・リーグで放った7本塁打中3本を打った相性のいい右腕だ。ボール、ファウル、ファウル。真っすぐに押されて簡単に追い込まれ、迎えた4球目だった。少し泳がされながら、カーブをうまく拾えた。

 打球は右翼スタンドへ。プロ野球史上初の初打席満塁ホームランだ。こんな夢のような出来事があっていいのか。前の走者を追い越したら帳消しになる。レジー・スミスや原辰徳さんから「もっとゆっくり走れ」と言われたのを覚えている。

 その後も満塁で打ち続けた。17日の阪神戦(甲子園)で中前2点タイムリー、30日の大洋戦(横浜)では左翼線へ走者一掃の逆転二塁打。さらに5月6日の中日戦(後楽園)で小松辰雄さんから一塁線を破る三塁打で3点差を追いついた。

 4度の満塁機で本塁打に始まり単打、二塁打、三塁打。「サイクルヒット」達成だ。このあたりから「満塁男」と呼ばれるようになった。この称号があったから、粘り強く20年間も現役を続けられた。もし初打席が三振に終わっていたら、全く違うプロ野球人生になったと思う。

 満塁では通算247打席220打数73安打、打率・332、200打点。13本塁打、3三塁打、8二塁打、16犠飛、11四球。現役最終年となった2000年の時点で、満塁本塁打13本は王貞治さん(巨人、現ソフトバンク球団会長)の15本に次ぐ歴代2位だった。

 巨人で5本。93年オフにFA移籍した横浜(現DeNA)で8本。満塁弾を打った試合は全部勝っている。その後、22本の中村剛也(西武)らに抜かれ、現在は歴代5位タイ。頭に「元祖」がつくようになったが、その時代の野球ファンが「満塁」といえば私の名前を思い出してくれるのはうれしいことだ。

 現役終盤。横浜のヘッドコーチ、山下大輔さんは「満塁だったらホームランを狙っていいから」と言ってくれたが、そうはいかない。「1人はランナーを還さなきゃ」という思いでバットを振った。

 自分の野球人生の運が打たせてくれることがあれば、読みがぴたりと当たって打てることもある。ただ一つ言えるのは、満塁ではいつもより集中していたってことだ。普段はまるで落ち着きのない男がね。

 ◇駒田 徳広(こまだ・のりひろ)1962年(昭37)9月14日生まれ、奈良県三宅村(現三宅町)出身の63歳。桜井商から80年ドラフト2位で巨人入団。3年目の83年にプロ野球史上初となる初打席満塁本塁打の衝撃デビューを飾る。93年オフにFAで横浜(現DeNA)へ移籍。通算2006安打。満塁機は打率.332、200打点とよく打ち、満塁弾13本は歴代5位タイ。一塁手としてゴールデングラブ賞10回。 

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