巨人 新育成の星・平山がプロ1号 大学1年で中退し独立Lへ→テスト経て23年育成7位で入団の苦労人

[ 2026年4月26日 05:30 ]

セ・リーグ   巨人7―2DeNA ( 2026年4月25日    横浜 )

<D・巨>2回、平山がプロ初本塁打を放つ(撮影・須田 麻祐子)  
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 巨人・平山功太内野手(22)が25日、DeNA戦の2回にプロ初本塁打となる左中間ソロを放った。大学を中退し、独立リーグの千葉を経て23年育成ドラフト7位で入団し、5日に支配下登録されたばかりの苦労人。支配下昇格1年目選手の本塁打は球団史上初で、球団では最も低い指名順位選手の一発。負ければ4位転落の危機を救う勝利に貢献した。

 手に残る感触を信じて走り出した。心の中では「行けー」と叫んでいた。通算19打席目。平山はガッツポーズも忘れるぐらい頭が真っ白になった。

 「打った瞬間、ちょっと上がりすぎたかなというのはあった」。プロ初本塁打。2回先頭で片山の141キロ直球を左中間に運んだ。表情すら変えられず「すかしちゃった」と照れ隠ししたが、仲間とハイタッチするとようやく笑みが広がった。支配下昇格1年目選手の本塁打は球団史上初で、球団では最も低い指名順位選手の一発だった。

 環太平洋大は1年時に中退。野球をやめようと思ったが独立リーグへ進み、入団テストを経て23年育成7位で巨人入りした。昨年まではケガに苦しんだが、チャンスを逃さなかった。3月15日の日本ハムとのオープン戦で1軍初合流すると、2試合連続本塁打で猛アピール。今月5日に支配下登録をつかんだ。

 中学時代の教えが、22歳の苦労人を支えている。広島で過ごした安西中時代は「自分が一番うまいと思っていましたね」と遊撃手として守備に自信を持っていた。だが、1年秋の試合で自身の失策で敗れた。何も考えられないほど落ち込んだが、魔法の言葉をくれたのが「大恩師」と語る石井良樹監督だった。

 「野球はバットで取り返せるスポーツなんだよ」。そこから打撃にも力を入れ、魅力の一つとなった。7番・右翼で出場した11日のヤクルト戦では初回無死二、三塁で飛球を追う際に転倒して三塁打としてしまい、チームも敗れた。「自分のせいで負けた試合もあったのでまだまだ」と中学時代の経験と重ねてバットで勝利に貢献することを誓っていた。

 「可能性は誰にでもある。いつの日か晴れの舞台に」と書かれた恩師直筆の手紙を入寮時に持ち込んだ。ようやく結果で“返事”をすることができた。「何回もお立ち台に上がれるように頑張りたい」と声を張り上げた「新育成の星」。巨人の起爆剤となろうとしている。(村井 樹)

 ◇平山 功太(ひらやま・こうた)2004年(平16)3月16日生まれ、広島県出身の22歳。小学生時代にソフトボールを始め、中学から軟式野球部に所属。瀬戸内(広島)から環太平洋大に進学も1年時に中退し、BSL・千葉でプレー。23年育成ドラフト7位で巨人入り。1メートル85、82キロ。右投げ右打ち。

 ≪育成7位の本塁打は球団史上最も低い順位≫05年に始まった育成ドラフトで、巨人は昨年まで計122人を指名。育成指名1号だった山口鉄也は2年目の07年に支配下昇格。08年新人王、09、12、13年に最優秀中継ぎ投手など球団最多記録となる642試合に登板した。06年3巡目指名の松本哲也は1年目で支配下昇格、09年に129試合に出場し打率.293など新人王とゴールデングラブ賞を獲得。また、平山の育成7位は、21年ソフトバンク育成9位の山本恵大に次ぐ2番目の下位指名選手の本塁打となった。

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