【筑後鷹】24年育成7位、津嘉山憲志郎「俺の野球人生の開幕戦です」右肘TJ手術を乗り越え

[ 2026年3月31日 06:00 ]

筑後のファーム施設のマウンドで投球練習するソフトバンクの津嘉山(撮影・昼間 里紗)
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 ソフトバンクの育成選手、津嘉山憲志郎投手(19)は神戸国際大付の2年時に右肘の内側側副じん帯再建術(通称トミー・ジョン手術)を受けた。それでも素質を評価され24年育成ドラフトで7位で入団し、今年3月7日の交流戦でプロ入り後初の実戦登板に臨んだ。約2年7カ月ぶりのマウンドで自己最速149キロをマーク。それでも自身に合格点は与えず、より高いレベルを目指している。

 「俺の野球人生の開幕戦です」。2年7カ月ぶりのマウンドに向かう津嘉山は笑顔で輝いていた。

 神戸国際大付では1年から兵庫大会の決勝で登板し、スカウトの目に留まっていた。しかし2年時の11月、右肘の手術を決断。「痛さもあったけど、画像を見てもう投げられないなって。(原因は)投げ方にもありました」。手術を決めた時にはつらかったが、気持ちが落ちたのは一瞬。「投げられないものは投げられない。トレーニングとか自分にできることをしました!」と長かったリハビリ期間は常に前向きだった。

 そして、今年3月7日に薩摩おいどんリーグのトヨタ自動車戦で復帰を果たす。両親が見守る中、自己最速149キロをマークし、1回1安打無失点。奪ったアウトは全て三振だった。

 ただ、津嘉山は「自分が思い描いていた球は投げられなかったです」と決して満足していない。これからは自信を持つ直球の強さを極め、スライダーを磨いていく。「今はフィニッシュボールとして三振を取る球だけど、カウントを取れる球にしたいです。真っすぐだけでは抑えられないので」と語った。まだ模索中だが、チームメートとの情報交換の中からもヒントを見つけていく。

 実戦から離れていた期間には、ケガをしない体づくりに力を入れた。教科書に選んだのは、千賀(メッツ)や今井(アストロズ)が慕う、スポーツトレーナーの鴻江寿治(ひさお)氏の本だ。何冊も読んで、自分に合った体の動かし方が重要だと学んだ。「負担のない動きを身に付けました。ケガをする前より自分のことを知れています。野球選手として追求しないといけないことです」。長く活躍するために、負担のない動きを身に付けた。

 将来の目標は立てていない。「目標を立てないとやっていかれないなら立てるけど、今やっていることを続けていれば勝手に良いようになるので」。まだプロ入りして2年目の19歳。やっと始まったプロ野球人生を、全力で楽しみながら突き進んでいく。 (昼間 里紗)

 ◇津嘉山 憲志郎(つかやま・けんしろう)2006年(平18)7月24日生まれ、沖縄県出身の19歳。兵庫・神戸国際大付で甲子園出場はなし。兄・廉人はラグビーのリーグワン・三菱重工相模原の選手(プロップ)。好きな食べ物は母が作ったゴーヤーチャンプルー。24年育成ドラフト7位でソフトバンクに入団。1メートル78、89キロ。右投げ右打ち。

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