沢村拓一 引退決断…37歳 昨季限りでロッテ退団、現役続行模索も 日米通算549試合登板

[ 2026年1月9日 02:06 ]

現役引退を決意した沢村
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 昨季限りでロッテを退団した沢村拓一投手(37)が現役引退を決断したことが8日、分かった。複数の球界関係者に引退を報告した。現役続行を目指しての退団だったが、本人が望むようなオファーはなく、決断に至ったもようだ。中大時代から剛腕で名をはせ、10年ドラフト1位で巨人に入団。21年から2年間レッドソックスでもプレーした右腕がボールを置く。

 150キロを超える剛球を誇り、相手打者を見下ろすような風格が魅力だった。沢村は先発、抑えで日米通算549試合に登板。ロッテから退団が発表された昨年10月に「また元気な姿でお会いできることを楽しみにしています。見守ってください」と球団を通じてコメントし、現役続行を模索していた。韓国プロ野球など獲得に強い興味を示す球団もあったが、納得のいくオファーは届かなかったとみられる。昨年末までSNSなどでトレーニングする様子を投稿していたが、既に複数の球界関係者に昨季限りで現役を引退することを報告している。

 巨人に10年ドラフト1位で入団。1年目の11年に29試合に先発して11勝11敗、5完投で新人王に輝いた。同年オフから肉体改造に取り組み、1日8食の過酷な食事摂取などを経て到達した100キロ超のボディーが話題になった。12年に10勝を挙げて以降は2桁勝利はなく、クローザーとして活路を見いだすと、16年には37セーブで最多セーブに輝いた。

 話題性に富む選手だった。12年に日本ハムとの日本シリーズ第2戦でけん制のサインを見落とし、中大の先輩でもある捕手・阿部(現監督)から頭を叩かれる“愛のムチ”を受けたこともあった。原監督からは「公開説教」を何度も受けた。四球を出してドキドキさせながら最後はねじ伏せる投球をファンは「沢村劇場」と呼んだ。

 巨人で3軍降格も味わった20年9月にロッテにトレード。22試合で防御率1・71と2位躍進に貢献した。同年オフに海外FA権を行使してレッドソックスに移籍。入団の決め手はレッドソックスOBで巨人時代の先輩でもあるメジャー通算436試合登板の上原浩治氏の存在で、23年に復帰したロッテの本拠でも同氏の登場曲「サンドストーム」を使用して沸かせた。

 ドヤ顔&腕組みポーズの仁王立ちで相手から見ればふてぶてしいほどのマウンドさばきの一方、登板前に嘔吐(おうと)することもあるほど精神面は繊細でもあった。元日本ハムの斎藤佑樹氏や巨人・坂本、田中将らと同じ残り少ない“88年世代”。グラウンド内外で話題を集めた剛腕がユニホームを脱ぐ。

 ◇沢村 拓一(さわむら・ひろかず)1988年(昭63)4月3日生まれ、栃木県出身の37歳。佐野日大から中大を経て10年ドラフト1位で巨人入り。1年目の11年に11勝を挙げ新人王、13年の球宴第1戦でMVP、救援転向後の16年には37Sで最多セーブに輝いた。20年途中にロッテ移籍。21、22年はレッドソックスでプレーし、23年にロッテに復帰した。1メートル84、105キロ、右投げ右打ち。

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