【内田雅也の広角追球】「やればできるぞ」を再び 神前俊彦さん70歳 全国行脚の末、岐阜第一監督へ
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岐阜第一(岐阜)の監督就任会見で神前(かみまえ)俊彦さん(69)は「甲子園を超える感動を求めて人生を歩んできたが、残念ながらどこにもなかった。どうしても甲子園を追い求める人生になっていた」と話した。
今月10日、岐阜県本巣市の同校で現監督の田所孝二さん(65)の退任と神前さんの新監督就任が発表された。人事は来春4月1日付。神前さんは就任後すぐに70歳の古希を迎える。会見は交代する新旧監督が同席して行われた。
神前さんは26歳だった1982(昭和57)年夏、母校の春日丘(大阪)監督として甲子園初出場に導いた。大阪大会準々決勝で同年春の選抜優勝のPL学園を逆転で破った一戦は今も語り草だ。決勝点はトリック走塁の本盗で奪った。
甲子園出場を決めた後、閉会式で選手たちを見ていると「背筋に電気が走った」。甲子園の初戦・丸子実(長野)での大観衆、大歓声は「毛穴に入り込んできた」。初戦勝利後の日々は「雲の上を歩いているような毎日」。甲子園は「劇薬」だった。甲子園に取りつかれ「病膏肓(こうこう)」だと自覚した。
翌1983年、著書『やればできるぞ甲子園』(徳間書店)を上梓した。すでに絶版で今では中古品で3万円の値がついている。
関学大卒業後に入社した全日空を55歳で早期退職。高校野球の監督を生涯の生きがいと定めていた。だから2014年12月、春日丘の監督を退任することになった際には自分を見失った。
そんな時、友人から「塞翁(さいおう)が馬ですよ」と励まされた。人間万事塞翁が馬。人生の幸不幸は予測できず、一見不幸なできごとが幸運に転じたり、その逆もある。そんな故事である。
フリーの身となった神前さんは長年の縁をたどり、母校・関学大のアドバイザー兼2軍監督、倉吉総産(鳥取)ヘッドコーチを歴任した。すると、知人を通じて京都共栄(京都)の監督に就き、6年半務めた。京都大会4強が最高で甲子園は遠かった。
合間に全国を渡り歩いた。プロ野球に限らず、大リーグのキャンプも視察して回った。
永平寺を訪れると「人生に定年はない」との言葉が掲げられていた。「人生に定年はありません。老後も余生もないのです。死を迎えるその一瞬までは人生の現役です。人生の現役とは自らの人生を悔いなく生き切る人のことです」。これだと思い当たり「野球人生に定年なし」と心に定めた。
2023年からは独立リーグ・宮崎サンシャインズのコーチに就任。みやざきフェニックスリーグで球拾いなどのアルバイトをしている際に自ら売り込んだのだった。初めてプロの野球を経験。円満退団し、今年2月には学生野球資格を回復している。
全国行脚は続けていた。知人を通じて知り合った滝川西(北海道)や糸満(沖縄)で臨時コーチを務めた。四国八十八カ所巡礼では「もう一度、高校野球の監督に」と願掛けして回った。
すると、旧知の間柄だった岐阜第一監督の田所さんから「まだ監督をされるお気持ちはありますか」と電話があった。監督を退く田所さんは後任として学校側に推薦。何人かの候補者から神前さんが選ばれたのだった。
10日の会見。神前さんは甲子園への情熱を語ったうえで「高校野球の神髄、原点は地方大会にある」と言った。全国で甲子園を知らずに敗れ去る幾多のチームを見てきたからである。「高校野球を経験した者は3年最後の夏の試合を決して忘れない。ベンチにいた者もスタンドにいた者も忘れられない一生の宝物になる」。そんな宝物をつくる日々の練習を大切にしたい。
監督就任を依頼した同校の松本文夫校長は2001年選抜を最後に甲子園から遠ざかる現状を述べた後「豊富な経験と熱い思いで目標達成に導いてくれる」と期待を示した。さらに「人間教育が重要で、生徒一人一人が成長していける指導」を望んだ。
神前さんは教員ではなく、今では数少ない外部監督である。「野球部もクラブ活動であり、学校教育の一環。人間形成、育成の場だと強く認識している」。かつて、日本高校野球連盟会長の佐伯達夫氏が国会で答弁した「教師だけが教育者ではない。教室だけが教育の場ではない」の名セリフを思い浮かべた。
会見を終えた帰り道、長良川沿いを運転していると、右手に美しい夕焼けが広がっていた。神前さんは「この光景も一生忘れないなあ……。塞翁が馬だなあ……」とつぶやいた。 (編集委員)
◆内田 雅也(うちた・まさや) 1963(昭和38)年2月、和歌山市生まれ。桐蔭高―慶大卒。神前さんと初めてお会いしたのは2010年12月7日だった。スポニチ本紙のコラム『内田雅也の追球』を読み、「会いたい」と連絡を頂いたのだった。初対面で意気投合し、神前さんは「野球好きが交われば、最高のセッションになるんです」と話したのを覚えている。
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