中田翔氏に“監督指令”「いつかプロの世界で―」 第二の人生にエール送ったのはあの名将 本人の回答は?

[ 2025年11月25日 05:00 ]

今季限りで引退した中日・中田翔氏(中)は小中学校で所属した広島鯉城リトルシニア主催の引退記念パーティーに出席し、母校の大阪桐蔭高の西谷浩一監督(右)、有友茂史部長からプロ生活を慰労された=24日広島市内
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 日本ハム巨人中日でプレーし、今季限りで引退した中田翔氏(36)の「引退記念パーティー」が24日、広島市内で開催された。小中学校で在籍した広島鯉城リトルシニアが主催し約300人が集まった。

 会には大阪桐蔭の西谷浩一監督(56)も出席。スピーチでは教え子の18年間の現役生活をねぎらうとともに、第二の人生にエールを送った。

 「プロで長くやることは想像もできないプレッシャーがあると思う。少しゆっくりしてもらいたい。学校でも“中田の(野球)解説は良かったよ”と言ってくれる。いろんな仕事が来ると思うが、いつかプロ野球の世界で監督なんかをやってくれたらうれしい。そんな日がいつか来るんじゃないかと思っている」

 突然の“監督指令”を受けた中田氏は神妙な顔つきで受け止め、「現時点でまだまだ未熟者。この先、いろいろと野球にかかわる中で指導力をしっかり磨きたい。その上でそういう話があれば、初めてそこで考えたい」と語った。

 西谷監督はあいさつで昔話も披露。「コーチ時代を入れて(大阪桐蔭高で)33年間指導してきたが、中田君以上の中学生をまだ見たことがない」と語り、当時、試合を熱心に視察したエピソードを披露した。2005年全国高校野球選手権大会1回戦の春日部共栄戦では、当時1年生の中田氏が救援登板をした上に本塁打を放って勝利した。その試合に触れ「それが自分にとっての甲子園1勝だった。そこから20年の間に全国に学校の名前を知ってもらえた。中田君1人の力ではないが、中田君が大阪桐蔭に来てくれなかったらこうはなってなかった」と振り返った。

 中田氏も「高校時代は内容が濃い3年間だった。レベルの高い高校で野球をすることによってプロが明確に見えてきた。プロで絶対活躍するという思いにさせてくれた3年間だった」と感謝の思いを口にした。また、自分を育ててくれた広島鯉城リトルシニアの国吉和夫会長をはじめとしたチーム関係者へのお礼も尽きなかった。

 「小学校、中学校はがむしゃらに野球をやっていた。はっきり覚えていないことがあるが、みんなの顔を見れば当時の記憶が蘇ってくる。今日はすごくいい時間になったと思う」

 当時のチームメイトとの再会を喜びつつ、現在チームに所属する子どもとの触れあいで今後のパワーをもらったようだった。

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