イチロー氏 19分間英語で感謝の米殿堂入りスピーチ 唯一日本語で「野茂さん、ありがとうございました」

[ 2025年7月29日 01:30 ]

自身のレリーフを手にするイチロー氏(AP)
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 アジア人で初めて米野球殿堂入りしたイチロー氏(51=マリナーズ会長付特別補佐兼インストラクター)が27日(日本時間28日)、ニューヨーク州クーパーズタウンで表彰式典に出席した。約19分にわたる英語でのスピーチで、約3万人のファンを沸かせ、笑いも何度も誘った。唯一日本語を話した場面では日本人大リーガーのパイオニアである野茂英雄氏(56)への感謝を口に。後進へ残す言葉として「夢」と「ゴール(目標)」の違いを強調した。

 イチロー氏らしいジョークで何度も笑いを誘った。約19分間にわたった殿堂入りスピーチ。冒頭、「これで3度目のルーキーになりました」。最初のあいさつで笑いを取った。通算3089安打、10年連続のゴールドグラブ賞、10年連続200安打――。自らの数字を口にすると、絶妙の間をおいて「Not bad!(悪くないよね)」。表彰式典は爆笑の渦に包まれた。

 練習の跡をにじませた英語でのスピーチで、ただ一度だけ日本語を口にした。先駆者への感謝の言葉だった。

 「野茂さん、ありがとうございました」

 95年にドジャースへ移籍し、トルネード旋風を巻き起こした日米通算201勝(日78、米123勝)右腕は、5学年上にあたる。オリックスで94年に1軍に定着したイチロー氏は、日米で対戦も経験した。

 7年連続首位打者の日本記録を打ち立てた。しかし、本人の中では結果が出ている理由が明白でなかった。気持ち悪いほどの葛藤だったというが、それを救ってくれたのが野茂氏の海の向こうでの活躍だった。「野茂さんがプレーしていなければ、(米球界との)距離は永遠に縮まらなかったと思う」

 日本人大リーガーのパイオニアが野茂氏なら、日本野手のメジャーでの先駆者が自身だった。「自分が結果を残せないことは、日本の野手の評価に直結する。アメリカ人の目よりも、そっちの方が怖かったですね」。道なき道を切り開いていく厳しさを骨身に染みて分かるからこそ、感謝の言葉が口を突いた。

 今年1月21日に公表された投票では、有効投票394人中、393人が投票。野手初の満票へ、1票だけ足りなかった。直後には「自宅に招待して一緒にお酒を飲みたい。名乗り出てシアトルまでお越しください」と呼びかけていたが、「ディナー招待のオファーは、既に期限切れです」と話し、また笑わせた。

 プレーでは継続と準備の大切さを訴え、常にファンのことを考えるプロ意識をのぞかせた。そして後進へ向けた言葉に力が入った。
 「若い選手たちには、ぜひ大きな夢を持ってほしい。でも“夢”と“ゴール(目標)”は違うということを理解してほしいのです」

 夢ではなく目標の実現へ、より現実的に考え、継続を達成への土台とした。「アメリカ野球殿堂に入ることは私のゴールではありませんでした。でも今、ここにいることは、まるで素晴らしい夢のようです」。そう締めるとスタンディングオベーションと「イチローコール」が注がれた。(笹田幸嗣通信員)

 ≪「抜群の職業倫理」レリーフに紹介≫米野球殿堂博物館に設置されたイチロー氏のレリーフは「抜群の職業倫理と比類なきバットコントロールで日本出身初の野手として大リーグに記録的な通算安打数をもたらした」との紹介文の後に、各種記録やタイトルが刻まれた。

 ≪スピーチ高評価「イチローがコメディアンになった」≫米全国紙USAトゥデーの名物記者として知られるボブ・ナイチンゲール氏は、殿堂入りスピーチで軽妙なジョークを交えて爆笑をさらったイチロー氏を「イチローがコメディアンになった」との見出しで絶賛した。通訳を介さない英語によるスピーチも「完璧に伝わり、約3万人の観衆を沸かせた」とした。大リーグ公式サイトも硬軟を織り交ぜる内容に「イチロー、心に刺さるスピーチとユーモアで表彰式典の見出しを飾る」とこの日の顔であったことを好意的に伝えた。スポーツ専門局ESPNは「米国のファンが彼のユーモアあふれる一面を見られる貴重な機会となった」と紹介した。

 ◇イチロー(本名・鈴木一朗)1973年(昭48)10月22日生まれ、愛知県出身の51歳。愛工大名電では2年夏、3年春の甲子園に出場。91年ドラフト4位でオリックス入団。94年に登録名を「イチロー」に変更し、同年に当時シーズン最多記録の210安打を放ってMVP、首位打者に輝く。首位打者は00年まで7年連続。マリナーズに移籍した01年にMVP、首位打者。04年には大リーグ記録のシーズン262安打を放ち、10年まで10年連続シーズン200安打。ヤンキース、マーリンズでもプレーし19年3月に現役引退。06、09年WBCで世界一。背番号51はマリナーズの永久欠番となった。右投げ左打ち。

 ▽米野球殿堂 米野球界に貢献した選手、監督、審判員などを顕彰する。競技者部門は全米野球記者協会に10年以上在籍する会員の投票で決まる。選考は1936年に始まり、第1回はベーブ・ルース、タイ・カッブらが選ばれた。対象は10年以上メジャーでプレーした選手で現役引退5年後から。選考期間は10年間で、得票率が5%に満たなければ翌年の対象から外される。殿堂博物館はニューヨーク州クーパーズタウンにある。過去に日本選手は野茂氏と松井秀喜氏が候補になったが、ともに落選した。

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