元阪急の大橋穣さん死去 79歳 名遊撃手として阪急の黄金時代支える

[ 2025年7月27日 22:36 ]

阪急時代の大橋穣さん
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 名遊撃手としてプロ野球阪急(現オリックス)の黄金時代を支えた大橋穣(おおはし・ゆたか)さんが18日、東京都の自宅で死去した。79歳。東京都出身。葬儀・告別式は近親者で行った。

 東京・日大三高から亜細亜大に進み、東都大学リーグで当時最多の通算20本塁打を放った。1969年にドラフト1位で東映(現日本ハム)に入団し、強肩、堅守で1年目から遊撃の定位置を獲得。72年からは阪急でプレーし、守備の名手として75年からのリーグ4連覇と3年連続日本一に貢献した。

 打率は2割前後にとどまるシーズンが多かったが、ダイヤモンドグラブ賞(現ゴールデングラブ賞)に7度輝き、ベストナインにも5度選ばれた。82年の引退後は阪急やヤクルトのコーチ、中日2軍監督などを歴任した。

 通算1372試合に出場し、打率2割1分、96本塁打、311打点。右投げ右打ちだった。

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