ソフトバンク小久保監督「89歳でね。本当に野球の象徴…背番3の3日に亡くなった」長嶋さんの偉大さ語る

[ 2025年6月3日 16:48 ]

2004年、日本代表監督の長嶋氏が見守る中打撃練習をする巨人時代の小久保
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 ソフトバンクの小久保裕紀監督(53)は3日、この日朝に89歳で死去した長嶋茂雄終身名誉監督を追悼し、思い出話を交えプロ野球界のレジェンドをしのんだ。

 小久保監督は、長嶋氏の悲報を受け「監督、選手としては一緒にはやらせてもらえなかったんですけども。ただこの戦後プロ野球が国民的人気スポーツに押し上げて頂いた代表的な象徴的な方だと思うので非常に残念です」と沈痛な面持ちで言葉を絞り出した。

 指揮官がプロに入る時に巨人の監督が長嶋氏で、当時ダイエーに入るか、巨人に入るか非常にで迷った当時を回想し「その中で長嶋さんから1年目に掛けてもらった言葉を、非常に覚えていますし、具体的に言いますと、1年目なんで、やっぱりこのプロ野球の世界でやっていけるかどうかっていう自信が自分のの中にあんまり持てない時に長嶋さんはどうでしたかっていう質問をさせていただいたら、長嶋さん自身はもうプロに入る前から自分がこういうプレーをすれば、ファンに喜んでもらえるという姿をイメージできていたってハッキリおっしゃられたんで。そこで自分自身もやっぱりこう自分がどういうプレーヤーになりたいのか。それがそのイメージすることが大事なんだっていうことをですね、非常に学ばせてもらったっていうとこですかね。そのことが非常に印象深く思っています」と懐かしそうに振り返った。

 巨人とダイエーといえば2000年のON対決。「後にも先にもマスコミの方々が集まった日本シリーズはなかったんじゃないかというぐらい人の多さに圧倒されましたし、個人的には最後にケガをして出られなかったんでね。非常に悔しい思いもしたっていうのがやっぱりあるんですけども。本当にこのオーラと言いますかね。華やかさと言いますかね。そういうことを本当に感じさせてもらえる方だったんですよね」と柔らかな笑みを浮かべた。続けて「野球が戦後人気スポーツになったのは王さんと長嶋さんの2人はまさに象徴だと思う。残念ながら長嶋さんが現役のプレーしてる記憶はないんですけど。野球始める時には存在を知っているような選手だった。野球界を代表してね。我々もこの世界でこれだけの目標にしてプロ野球界を目指してやってこれたのも、長嶋さんたちが築かれたプロ野球界があったからなんですよね。本当に感謝を伝えたいですね」と“ミスター・プロ野球”をしのんだ。

 そして小久保監督は最後に「ファンあってのプロ野球。ファンの人が球場に足を運んでくれるから我々の職業が成り立っている。その根底を一番こう体現されてた方だと思うんで。そこの意志は引き継ぎながら。89歳でね。本当に野球の象徴として…しかも自分がつけさせてもらった背番号3番の3日に亡くなった。野球の象徴だったと思います」と最後まで「野球」に愛された、日本球界の太陽の凄さを、しみじみと語った。

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