中学で憧れた東京六大学野球を諦めない イップスで選手断念も…主務として法大を日本一へ

[ 2024年1月15日 19:07 ]

昨秋から主務に就任した黒坂夏希マネジャー(3年)(撮影・柳内 遼平)
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 東京六大学野球リーグの法大は13日、神奈川県川崎市内のグラウンドで今年初の全体練習を行った。新チームから主務に就任した黒坂夏希マネジャー(3年)はチームを支える11人のマネジャーを統括する。大学野球ラストイヤーを迎え「自分たちの代は優勝を経験していないので春から全開で圧倒していきたい」と決意を言葉にした。

 「主務」。大学スポーツファンでなければ、聞き慣れない言葉かもしれない。選手たちをまとめ上げるリーダーが「主将」であり、野球部の運営を担い、部外との窓口も担当するマネジャーたちのトップを「主務」という。高校より自主性を求められる大学野球部では重要度の高い存在。選手だけではなく主務にも1人、1人にドラマがある。

 現在はマネジャーとして一歩引いた立場でチームを俯瞰(ふかん)する黒坂主務。実は東京六大学野球に人一倍、強い思い入れがある。転機は法政中時代。当時は毎年、東京六大学野球リーグ戦を観戦する学校行事があり、一投一打で神宮を沸かせる法大ナインの姿に胸をアツくした。「絶対に法政で野球をやろう」と神宮のマウンドに立つ大志を抱いた。

 進学した法政高では右腕として活躍し、2年秋には念願だったエースナンバーの背番号1をゲット。東京六大学野球でプレーする夢まで一歩、一歩、確実に歩みを進めた。だが、予想もできない落とし穴が待っていた。

 法政高3年になった20年、新型コロナウイルスが世界的に大流行。野球部も感染予防のため全体練習ができなくなり、公園で自主練習を行う日々だった。18メートル44の距離でストライクを狙う投手の感覚は、ほんの些細なことで狂いが生じてしまう。

 黒坂にとっては「距離」だった。いつも広いグラウンドでキャッチボールをしてきたが、狭い公園での近距離キャッチボールで少しずつリリースの感覚を失った。全体練習が再開されても悪化の一途。「リリースのタイミングで力が入りボールが離れなくて下に叩きつけてしまう。逆に離そうとすると上に抜けてしまう」。思うように投げられない症状は最初にスローイング、次はけん制、そして最後はピッチングにまであらわれた。

 高校最後の夏まで時間がなかった。必死にイップスの治療法を調べ、克服した人の話を聞き、動作解析も試した。それでも3年夏までに本来の姿を取り戻せず。制球難のため背番号1を外れて11番となりチームも初戦で敗退した。「何も意識しないで投げてごらん、みたいに言われるんですけど、今度は“何も意識しない”を意識してしまう。最後まで意識から抜け出すことができなかった」と振り返る。

 目標としてきた神宮のマウンドは、はるか遠くにかすんでしまった。苦しみの日々を経て、法大入学直前にマネジャーに転身することを決意した。「夢もあったけどマネジャーとして日本一を目指せるじゃないか、新しいことに挑戦するならば今じゃないかって。ここで方向転換しないと後悔すると思いました」。高校野球とともに、選手としての自分に別れを告げた。

 使い慣れたバットもグラブも必要ないマネジャーの仕事で新たなやりがいを得た。大学や他校、指導者、選手たちの間に入りチームを運営。やったこともないホームページ、ツイッターなどSNS運営、報道対応、日程調整、会計などを経験。「チーム全体を把握するためにみんなのことを知るようになった。1つ1つのことに責任感が生まれてきた」と成長を実感。一体感を持ってチームが動いていくことに新しい喜びを感じた。

 かつての黒坂と同じように、法大にもイップスを発症する選手がいる。「本人は治っていないと感じるかもしれないんですけど、自分から見たら全然普通に投げられるくらいまで治していくんです。やっぱり凄い選手たちだなと思います」。同じ苦しみを持つ選手たちが、少しでもストレスなくプレーできるよう黒坂はグラウンド全体に目を配る。

 昨秋の新チームから主務に就任。早大と並んで東京六大学野球リーグ戦最多46度の優勝を誇る名門を支える大役を担う。「OBの方々とお会いさせていただき、期待も受けている。“やっぱりオレたちは強いんだ”というプライドを持ちたい」。譲れない思いを胸に秘め、新たな春を迎える。(柳内 遼平)

◇黒坂 夏希(くろさか・なつき)2002年8月1日生まれ、東京都江東区出身の21歳。小1から深川キングコンドルズで野球を始め、法政大中では軟式野球部に所属。法政大高では右腕として活躍し、2年秋に背番号1。法大野球部にはマネジャーとして入部し、3年秋に主務就任。大のロッテファンで「ドラマチックな試合をするところが好き」。1メートル76、79キロ。右投げ左打ち。

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