48歳・工藤ついに現役引退「投げるたび肩が壊れて」

[ 2011年12月10日 06:00 ]

ミズノアンバサダーズミーティングに姿を見せた工藤氏だが引退については語らず

 元西武の工藤公康投手(48)が現役引退を決断した。9日、自身のブログで「大変心苦しくつらい決断ではありますが、引退をすることにしました」と表明。歴代最長となる実働29年間で通算224勝を挙げた左腕が、ついに現役生活にピリオドを打つ。

 昨年西武を退団し、今季はチームに所属せずに現役続行を目指していた。まだできる。そんな自身の気持ちに従い、トレーニングを続けてきた。新球団の横浜DeNAの初代監督候補にも挙がったが、合意を目前にした今月5日に破談。その後は現役を続ける意思を示したものの、痛めている左肩の状態が思うように良くならなかった。諦めない信条を保ち続けるのも限界だった。

 大阪市内で行われたミズノのミーティングに参加した工藤は、ミズノ広報から引退に関する質問はしないよう報道陣に通達があったこともあって「きょうは禁止ワードがある」としただけで、報道陣と接触を避けるように帰路に就いた。

 プロ入りから30年目の節目となった今年。未曽有の大震災に見舞われた宮城県などを復興支援として訪れ、野球教室を開催。肩の状態が思わしくなくても打撃投手を務めて「被災地でボールを投げるたびに肩が壊れて。元気を与えたいと思ってやったこと。後悔はない」と振り返った。

 14度のリーグ優勝に11度の日本一を経験。優勝請負人として延べ5球団を渡り歩き、名勝負を重ねてきた左腕は、夢だったメジャー挑戦を見据えた来年2月の米国行きの航空券をキャンセルした。最後は子供たちに夢を与えて静かにユニホームを脱ぐ。

 ◆工藤 公康(くどう・きみやす)1963年(昭38)5月5日、愛知県生まれの48歳。名古屋電気(現愛工大名電)から81年ドラフト6位で西武入団。86、87年と連続で日本シリーズMVP。95年にダイエー(現ソフトバンク)へFA移籍して99年の日本一に貢献。00年に2度目のFAで巨人移籍。07年にFA加入した門倉の人的補償で横浜移籍した。09年に横浜を戦力外となり、10年は西武でプレーもシーズン終盤に戦力外通告を受けた。1メートル76、80キロ。左投げ左打ち。

 ▼西武・渡辺監督 数日前に電話で話をした。あそこまでやったことがすごく尊敬できる。僕と工藤さんは一生付き合っていく仲間。いろいろと相談することもあると思う。

 ▼阪神・城島 この年齢になっても野球に対する情熱を持ち続けていたことに頭が下がる。ホークス時代は捕手のイロハと、食生活であったり、1日の過ごし方であったり、野球選手とはこうあるべきというのを教えてもらった。

 ▼中日・山本昌 道をつくってくれた人。一番影響を受けた選手じゃないかな。工藤さんがやっているから、周りの“まだ引退しないのか”という目もなかった。お疲れさまと言うより、ありがとうございましたと言いたい。

 ▼中日・山崎 工藤さんに励まされながらここまで来た。楽天を自由契約となった時も「もっともがき苦しめ」と言ってもらえた。直系(愛工大名電)の先輩ですし、寂しい気持ちはあります。自分はまだ(現役を)やれることになった。工藤さんの分も頑張りたい。

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