NFLのプレーオフで起こった土壇場でのドラマ セインツの新人ウィリアムスが流した涙とは?

[ 2018年1月18日 11:00 ]

バイキングスのディッグスにタックルできず「スルー」してしまったセインツのウィリアムス(AP)
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 【高柳昌弥のスポーツ・イン・USA】1枚の写真が多くのストーリーを伝えることがある。1月14日、ミネアポリスで行われたNFLプレーオフのNFC(ナショナル・カンファレンス)準決勝で切り取られたこの場面もそうだった。

 ボールをキャッチしているのはバイキングスのワイドレシーバー、ステフォン・ディッグス(24歳)だが、彼とチームについては後述することにする。

 この写真の“主役”はそのディッグスの体の下に潜り込んでいるように見えるセインツの新人セーフティー、マーカス・ウィリアムス(21歳)だった。

 勝てばNFC決勝に駒を進めることができる大事な一戦。セインツは99・9%勝利を手中に収めていた。いや、そうだったはずだ。

 写真の状況を作り出したのは第4Qの残り10秒からのプレー。23―24と1点を追いかけていたバイキングスは自陣39ヤード地点で第3ダウンを迎えていた。タイムアウトはもう残っていない。仮に次のプレーでフィールドゴール(FG)の圏内に入っても、タイムアウトがないのでキッキング・チームをフィールドに送り込む時間はなかった。

 QBケイス・キーナム(29歳)に与えられた選択肢は2つ。(1)ロングパスを投げて一発で逆転TDを狙う…。もしくは(2)ミドルレンジのパスを成功させ、レシーバーにサイドラインを割らせてタイムを止める…。そしてキーナムは(2)を選んだ。

 パスは成功。ディッグスが高く浮いたボールをうまくキャッチした。この時点で残り5秒。しかし、そのポジションでは着地してもサイドラインまで少し距離があり、倒されてしまうとそのまま時間が流れて試合終了となるはずだった。

 しかも背後には守備側の最後方に陣取っているセーフティーのウィリアムスがいた。ウィリアムスが両手でディッグスの体をつかんで倒していれば、残り時間は「0」になっていた。

 ところがウィリアムスは宙に浮いたディッグスの体を手でつかまず、ディッグスの足元のやや左側を転がり込むように通過。体にかすることさえなかった。ディッグスは背後から圧力を加えられることなく着地。すぐに反転するとセインツのエンドゾーンめがけて突進した。記録上、61ヤードのTDパス。電光掲示板の残り時間は「0」を示している。NFLのプレーオフでは史上初めてとなる“逆転サヨナラTD”が成立した瞬間だった。

 被写体のアングルを変えてみる。ディッグスとキーナムは歓喜。それは地元6万6000人のファンも同じだった。なにしろ今季のスーパーボウルは2月4日にこのバイキングスのホーム「USバンク・スタジアム」で開催される。米国最大のスポーツ・イベント、スーパーボウルで試合会場となるスタジアムを本拠地としているチームがこの大舞台に進出したことはまだ一度もない。その史上初の快挙に望みをつないだのが、最後の最後で決めた奇跡的なビッグブレーだった。もしウィリアムスがノーマルなタックルをディッグスにしていれば間違いなく敗者だったが、誰もが予期せぬ形で夢が現実に一歩近づいた。

 大一番での信じられないミステークと言えば、全米大学男子バスケットボールで1993年に起こった「タイムアウト事件」が有名だ。大失態を演じたのはミシガン大のクリス・ウェバー(元NBAウィザーズほか)。北カロライナ大との決勝戦でミシガン大は残り11秒で2点差を追っていたが、ここでリバウンドをキープしたウェバーがすでに使い切っているタイムアウトを要求してしまった。これでテクニカル・ファウルを宣告され、相手にフリースローを献上。攻めきっていれば同点のシュートが入ったかもしれないが、その可能性を自らつぶして敗れ去った。

 ウェバーはその後、ドラフト全体でトップで指名され、NBAでも実績を積み上げていくことになるが、この“余計なタイムアウト”は今もなお彼の人生につきまとっている。

 試合後、メディアの視線は当然のようにウィリアムスに集まった。21歳のルーキーはフィールドで両膝をついたままぼう然。チームメートに支えられるようにしてロッカールームに戻っていったので、てっきりノーコメントのまま帰るのかと思っていた。

 だがそうではなかった。彼は目を腫らしたまま顔を上げ、最後のプレーを自らの口で懸命に説明している。

 「もしかしたらキャッチする前に自分が接触するのでは(反則)と思って(衝突を)避けてしまった。でもあの場面ではタックルしなければいけなかった。10秒しか残っていなかったのはわかっていた。もっと確実なプレーが必要だった」。

 セインツは威厳のある敗者だったと思う。なぜなら致命的なミスをした当事者がきちんとその場面を語り、さらにショーン・ペイトン監督(54歳)は「シーズンを通して彼(ウィリアムス)は素晴らしい活躍をしてきた。誰も責められない」とこの試合でもインターセプトを1つ記録しているルーキーを擁護。ラインバッカー(LB)のマンタイ・テイオー(26歳)も「誰だってミスは犯す。彼だけじゃない」とかばい、ディフェンス・エンド(DE)のキャメロン・ジョーダン(28歳)にいたっては「最前線にいた自分がもっとQB(キーナム)に圧力を加えるべきだった」と自らの仕事ぶりを悔いていた。

 バイキングスは21日、敵地フィラデルフィアでスーパーボウル切符をかけてイーグルスと対戦する。だが懸命に前を向く新人を守ろうとしたセインツ全体による試合後の“ファンブル・リカバー”を忘れてはいけない。そのスポーツマン精神を受け継いでこそ、勝てば史上初となる快挙にさらなる意味がもたらされると思う。(専門委員)

 ◆高柳 昌弥(たかやなぎ・まさや)1958年、北九州市小倉北区出身。上智大卒。ゴルフ、プロ野球、五輪、NFL、NBAなどを担当。スーパーボウルや、マイケル・ジョーダン全盛時のNBAファイナルなどを取材。50歳以上のシニア・バスケの全国大会に7年連続で出場。

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