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「お帰り」「行ってらっしゃい」それぞれの全日本見届け日記

魂をぶつけ合うような戦いで五輪切符を手にした田中刑事選手(撮影・長久保 豊)
Photo By スポニチ

 【長久保豊の撮ってもいい?話】立ち上がって拍手を送る観客たちは、誰もが同じ言葉を叫ぼうとしていた。だがそれは興奮と感激で言葉にならずウォーとかゴォーとしか聞こえない。彼が表情を変えず両手を広げ会釈し、投げ込まれた花束を2つ、3つ、手にした時だった。歓声にちぎられていた言葉の断片がやっとつながった。

 「草太!お・か・え・り」。

 全日本フィギュアスケート選手権男子SP。山本草太が帰ってきた。滑らかで伸びるスケーティングは変わらない。うまい比喩も考えたが「ノイズがない滑り」としかいいようがない。同じ箇所、3度の大ケガ。心までは折れず戻ってきてくれたことがうれしい。

 「ジュニアの彼、来るよね。ジャンプの軸、真っ直ぐでいいよね」。2015年のことだった。当時、流行っていた?言葉で名古屋のNカメラマンに話しかけたのを思い出す。

 「お目が高い!。草太はですね〜(フィギュアLOVEな人なので語りだすと止まらない。だから中略)〜なんですよ」。予感は間違いなく、その年の全日本で山本草太は6位に来た。

 同じ時、同じ大会。真駒内の暗い通路で落ち込み、浮かない表情を浮かべている選手がいた。SPで出遅れ、最終的には4位に入ったとはいえ3位の無良崇人とは20点以上の差。

 「刑事、きょうはよかったぞ」。旧知のカメラマンから声を掛けられて、やっとホオに赤みが差した。

 「でも(ジャンプが)抜けちゃって」と消え入りそうな声。

 「次だろ、次」。

 2人の会話を聞いていて思った。勝ち負けの世界で生きていくには田中刑事は優しすぎる。せっかくの存在感を自ら消してしまっているのではないか。勝つためには「ボクの滑りを見て下さい」ではダメだ。「オレを見ろ」ぐらいがちょうどいい。だが2年後の今大会、彼への認識は間違いだったことに気がついた。

 男子フリー。すべてを出し尽くした表情で、無良崇人が1本の赤いバラを手にした時に勝負はついたと思った。続く田中刑事はこのプレッシャーには耐えきれないだろう。なにしろ当日の練習は最悪で決まったジャンプはほとんどなかった。だが彼はわずか6時間で自信を取り戻した。凄まじい気迫で「オレを撮れ!」と言わんばかりにファインダーの中に迫って来た。魂の削り合いに勝利したのは優しすぎると私が思っていた男だった。

 全日本はうまくなる大会ではなく、強くなる大会だと誰かが言った。

 田中刑事を強くしたのはライバルたちの五輪にかける執念だった。そして山本草太に「リンクに戻る」という強い心を持たせたのは全日本特有の大歓声を受けた経験だ。

 滑走順1番から花束が投げられ、これを限りの「ラストダンス」の選手には、支えてきた家族にも聞こえるようにと拍手を送る。見守り、見届け、送り出す大会。24日午後10時40分過ぎ。リンクに並ぶ平昌五輪代表選手に会場の皆が声を掛けた。

 「行ってらっしゃい」。

 夢破れた選手たちも来年はもっと強くなる。

 遠くでボレロが聞こえている。(写真部長)

 ◆長久保豊(ながくぼ・ゆたか)1962年生まれ。『あぶない刑事』はよく知らないが桜木健一の『刑事くん』なら分かる55歳。羽生選手ファンが元気になる正月紙面(東日本)を現在企画中。これ以上は言えません。

[ 2017年12月28日 09:00 ]

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