【歌丸さんを悼む】原点は終戦直後の焼け野原で聴いたラジオと笑い声

[ 2018年7月3日 11:00 ]

桂歌丸さん死去

亡くなった落語家の桂歌丸さん
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 最近の高座では、歌丸師匠の鼻にはいつもチューブが付いていた。客席からは分からないように、背中越しには医療用酸素ボンベがあった。舞台袖から中央に歩くのもままならず、高座に上がるときは人の手を借りた。

 「そんな苦しい思いまでしてなぜ?」と尋ねると「噺家ですからね」と事もなげに言う。私が怪訝(けげん)な顔をしていたのか、優しく諭すように「これが私の生業(なりわい)。だから、どんなに苦しくても生きてる限り続けないといけないんです」と続けた。

 原点は終戦直後。「ラジオから落語と笑い声が流れてきたんです。周りは焼け野原。こんな状況で人を笑わせるなんて凄い!と雷に打たれたような気持ちになりました」

 「笑点」と出合い、全国的な人気となっても、目の前で笑ってもらうことにこだわり、番組を退いてからも高座に上がり続けた。最後に会ったのは今年3月。仙台での終演後。消耗が激しく顔は真っ青。息も荒かった。それでも根っからの噺家。「大変な盛り上がりでしたよ」と伝えると「そうですか。それは何より」。顔をクシャクシャにして喜んでくれた。(江良 真)

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2018年7月3日のニュース