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 さらなる飛躍へと「自信」を胸に挑む。23日に開幕するフィギュアスケート全日本選手権にエントリーしているのが、今季がシニア1年目となる三宅星南(19=関大)。岡山県矢掛町で生まれ育ち、憧れの存在である高橋大輔(34=関大KFSC)を追いかけながら競技に打ち込んできた。スポニチのインタビューに応じ、これまでの歩みを振り返るとともに、大舞台に懸ける思いなどを打ち明けた。(取材・構成 西海 康平)

今季からシニアに本格参戦 全日本選手権に向けて充実

スポニチのインタビューに応じた三宅

 進化を実感しているからこそ、言葉に自信があふれている。今季からシニアに本格参戦した三宅が、全日本選手権を前に充実した表情で思いを語った。

 「昨季は自分の成長につながったシーズンで、それを今季のシーズンオフから感じられた。良くなってきた部分を周りからも言ってもらえるようになって、評価も高くなってきたのかなと思っています。そこ(成長)を全日本で出せるようにしたい」

 関大へと入学し、長光歌子コーチと磨いてきたスケーティングが実を結びつつある。昨年12月の全日本選手権ではフリーのステップでレベル4を獲得。積み重ねてきた練習が成果となって表れ、10位に入った。今年11月のオーストリア杯ではミスもあって7位にとどまったが、23日に開幕する大舞台へと順調に調整を重ねる19歳。スケートを始めて、もう15年近くが経った。

シニア1年目の今季に挑む

高橋大輔との出会い、家族の献身的なサポート

あこがれの高橋大輔との出会いが飛躍の原動力となった(本人提供)

  岡山県南西部に位置する、人口約1万3000人の矢掛町で生まれた。名前の由来は、F1レーサーのアイルトン・セナ。父親が車好きだったこと、また「海外に行った際に呼びやすいように」という思いが込められた。「星南」という漢字は「南十字星のように輝いてほしい」という願いからだった。

 スケートを始めたのは5歳。1学年上の姉の影響を受け、それに付いていく形で倉敷FSCに入った。「凄くたくさん滑っていたこと、夢中になって滑っていた記憶がある」。倉敷FSCといえば、高橋大輔を輩出した名門クラブ。滑り初めて間もない頃、今も記憶に残る出会いがあった。

 「クラブが同じということで高橋大輔さんを知って、試合を見るようになってから、ずっと憧れの存在です。自分が始めたばかりの頃、リンクの存続イベントで倉敷に大輔さんが来られて、そこで拝見したのが最初の出会いです。選手はいっぱいいて、声をかけられることはなかったけど、ヒップホップ調の『白鳥の湖』を滑ってくれた。当時の自分はまだ身長が低くて、フェンスより背が低くて全く見えなかったけど、誰かが自分を持ち上げてくれて。リンクサイドで大輔さんのパフォーマンスを必死で見ていました」

 10年バンクーバー五輪のフリー演技はテレビで見守り「今見ても鳥肌が立つぐらい」感動した。その五輪後、獲得した銅メダルを手に高橋大輔が倉敷に凱旋した。「メダルを見せてくれて、触らせてくれたんです。五輪のメダルの重みを凄く感じました。一番の憧れであり、目標。いろんな方に憧れ、近づきたいというのはありますけど、一番、自分の中にあるのは〝高橋大輔選手のようになりたい〟というものです」。幼少期から、ずっと抱き続けてきた思いだ。

ジュニア時代、高橋大輔によるアイスショー「クリスマス・オン・アイス」で活躍(本人提供)

 憧れの存在を追いかけ、小学2年時には倉敷FSCから岡山FSCへと練習環境を変えた。72年札幌五輪にペア選手として出場した長沢琴枝コーチの指導を受けるためだった。矢掛町からは車で片道約1時間。練習はほぼ毎日で、朝練がある時は1日に2往復することもあったが、母親がハンドルを握ってくれた。

 「母は大変だったと思うし、尊敬しかないです。自分はジャンプとかがすぐにできるタイプじゃなく、ダブルアクセル(2回転半)は本当に時間がかかった。小学2年ぐらいから練習を始めて、跳べるようになったのは小学6年になる前。同期の木科雄登くん(現関大)や島田高志郎くん(現木下グループ)は自分よりも半年ぐらい早く跳べるようになって、やっぱり焦りはありました。でも、細かい指導を受けられるようになって、周りからの刺激も受けながら練習できた。凄く熱心に教えてもらって、本当にありがたかった」

氷上を舞う三宅

岡山から大阪へ 関大で試練の日々へ

 中学に上がってからもそのまま岡山で練習に励み、1年時に全日本ノービス選手権を制した。だが、3年時の秋頃、長沢コーチが滋賀県へと引っ越すことになる。岡山から滋賀まで通うことは難しく、新たな環境を模索していた中、憧れの高橋大輔を育てた関大、長光歌子コーチのもとで練習できる話が舞い込んだ。「まさか関西大で練習できると思っていなかった。長光先生に教えてもらいたいというのはあったので、本当にうれしかった」。高校は岡山理大附高に進みながら、練習場所は関大へ。心機一転、大阪で新たなスタートを切ることになった三宅だったが、待ち受けていたのは自分自身との戦いだった。(続く)


 三宅星南選手×Unlim

 新たな環境に身を置くことになった三宅は、ファンから競技活動の支援金を募るスポーツギフティングサービス「Unlim」に登録した。

 「自分自身のSNSなどでも情報は発信できるけど、こうやって記事を書いてもらって自分の情報を発信するのも、いい機会だなと思った。それが始めるきっかけになりました」

 5歳から競技を始めて、もう15年近くが経過した。「やっぱりスケートは凄くお金がかかるので。そういうところ(活動費)で使わせてもらいたいなと思っています」。自身を支えてくれる多くの励ましやサポートに対して、氷上から感謝を伝える。

 生まれ育った地元、岡山県矢掛町への思い

 取材の最後に、三宅は「全日本ではもう一つ、目標があるんです」と自ら切り出した。

「小さい頃からずっと、地元の矢掛町の方々に応援をしてもらっている。全日本でテレビに出て、少しでも恩返しをするのも目標です」

 岡山県南西部に位置し、江戸時代には宿場町として栄えた矢掛町。今もその古い街並みが残っており「歴史的な建物もあって、凄く素敵なところ」という。「自分自身にとって、本当に落ち着ける場所。大阪から帰ってきても、やっぱり落ち着くことができる。町長さんやいろんな方が小さい頃から応援してくれていて、街とかでも声をかけてくれることもある」。地元への思いも胸に、リンクを舞う。

 ♤三宅 星南(みやけ・せな)

 2002年3月26日生まれ、岡山県矢掛町出身の19歳。5歳でスケートを始め、14年の全日本ノービス選手権で優勝。16年の全日本選手権で9位となり新人賞を受賞。17年の全日本ジュニア選手権では2位。昨年の全日本ジュニア選手権は3位。現在の所属は関西大で、今季からシニアに転向。身長1メートル76。家族は両親と姉。血液型はA型。趣味はモータースポーツ観賞で「以前はスーパーGTなどを現地観戦させてもらった。今はコロナ禍で行くことができないけど、インターネットなどで応援しています」。