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苦しんだ高校時代 心中を告白したSNSで同世代と繋がった

高校1年全日本ジュニア選手権で2位に

 より一層の成長を求め、高校生になった三宅星南は関大を拠点に汗を流した。週末に岡山から大阪へと出てきて、また岡山に戻る。時に新幹線で、時に母親の運転する車で3時間かけて。シーズンに入ると、学校の協力もあって大阪で滑り続けることもあった。目標としていたのは全日本ジュニア選手権制覇、そして4回転ジャンプの習得。だが、1年時に全日本ジュニアで2位に入りながら、翌年は6位にとどまった。

 「結果的に、伸び悩んだというか…。3年間、自分の思うようなスケートができなかった。高校1年の時はケガもありながら全日本ジュニアで初めて表彰台に上がれて、世界ジュニアにも出場できてうれしかった。でも、3年間で自分の目標としているところまで行けなかった。そこは難しかった」

 悩みを抱えながら練習に励んでいた日々。怒りの矛先は、自分へと向いた。「滑ることに対する不安があった。試合でうまくいかなかったり、練習も自分の思うようにできなかったり。その葛藤が高校の3年間はずっとありました」。自信を持つことができず、精神面に大きな課題があるのは自分でも分かっていた。3年時の19年6月20日、自身のツイッターに、こうつづった。

「5歳の時からフィギュアスケートをしていて、オリンピックに出場するという夢があります。ですが僕はメンタルが弱く自信がないです。なのでよく大事な大会でミスをしてしまいます。そんな自分を1日でも早く変えたいです。何かアドバイスをいただけませんか?」(原文まま)

 自分の弱さを世間にさらすことが正しいかは分からなかったが、それでも、誰かの助言がほしかった。その投稿には、50件を超えるコメントが届いた。

 「凄く落ち込んでいた時に投稿して、いただいたコメントは全部読ませてもらった。そのすべてが、今につながっている。応援してくれる方が多くて、それを見て〝頑張ろう〟という気持ちになれた。同世代で、吹奏楽の部活や自分とは違う競技をしている方から〝この部活動をやっているけど、私はこうしています〟とか言ってくれたり。同世代で頑張っている方を知って勇気をもらえた。〝こういう方法もあるんだ〟と勉強にもなったし、何より、コメントをしてくれるのがうれしかった」

幼少時代、宇宙戦艦ヤマトの衣装で初めてプログラムを演技(本人提供)

関大に進学 ファンからの応援が復調のきっかけに

 3年時の全日本ジュニアは7位。思うような結果を得られなかったものの、歩みを続ける。翌年の春には関大に進学。コロナ禍で大学のリンクが2~3カ月も閉鎖されるなど厳しい状況だったが、そこで大きな後押しとなったのも、周りからの応援や励ましだった。

 「なかなか練習ができず無観客の試合も多かったけど、それでも応援してくれる方が手紙をくれたり、SNSにメッセージを送ってくれたり。大学のリンクに届いた手紙には〝応援に行けなくて辛いけど、配信とかを見て応援しているので頑張ってください〟と書いてくれていた。自分を応援してくれている人がいることを感じられて、凄く力をもらえた」

 大学生になって初めてのシーズンは、長光歌子コーチと積み上げてきたものが徐々に形となって表れ始めた。全日本ジュニア選手権で3位に入って3年ぶりに表彰台へ上がると、年末の全日本選手権では10位。フリーのステップではレベル4を獲得した。それは、自身の内面の変化にもつながった。

 「技術的な成長、また練習してきたことを試合で出せるようになって、それが凄い自信になった。それまでは自分自身に対して〝自分はできていない〟とネガティブに思うことが多かったけど、自分を認められるようになってきた。実際にはできていないこともまだまだ多いけど、その中でも、できている部分を認められるようになった。自分の成長、ポテンシャルも信じられるようになって、この1~2年でメンタル面は大きく変わったと思います」

昨年の全日本ジュニア選手権では3位と復活

シニア1年目の全日本選手権 「白鳥の湖」で華麗に舞う

 迎えたシニア1年目の21-22年シーズン。ショートプログラム(SP)は映画「ゴースト ニューヨークの幻」の「アンチェインド・メロディ」、フリーは「白鳥の湖」を新たに使用している。テレビでミュージカル俳優の浦井健治が歌っているのを見て「使いたい!」と思ったのがSP曲、そして「ずっと使いたかった」というフリー曲。曲調は違えど、5歳の時に高橋大輔の「白鳥の湖」を目の前で見てから月日が流れ、同じ曲で滑る時が来た。

 「フリーは最初、昨シーズンの『幻想即興曲』を今シーズンも使おうと思っていたけど、シニアに上がるのもあって〝もう少しスケールの大きい曲を滑りたい〟と。そこを歌子先生と相談して、曲を決めました。高橋大輔さんはヒップホップバージョンで、自分が使っているのはクラシックバレエ。大輔さんの白鳥の湖は凄い印象にあって伝説的ではあるけど、自分ならでは表現をしていきたい」

 11月のオーストリア杯後は順調に調整を重ね、4回転サルコーなどの感触も良くなってきている。自身にとって5度目の出場となる全日本選手権。「自分ができることを精いっぱいやって、プログラムとして完成させることが目標。SP、フリーのどちらも自己ベストを更新したいし、自分の力を出し切って終わりたい」。芽生えた自信、そして周りの支えを力に、大舞台のリンクに立つ。



 三宅星南選手×Unlim

 新たな環境に身を置くことになった三宅は、ファンから競技活動の支援金を募るスポーツギフティングサービス「Unlim」に登録した。

 「自分自身のSNSなどでも情報は発信できるけど、こうやって記事を書いてもらって自分の情報を発信するのも、いい機会だなと思った。それが始めるきっかけになりました」

 5歳から競技を始めて、もう15年近くが経過した。「やっぱりスケートは凄くお金がかかるので。そういうところ(活動費)で使わせてもらいたいなと思っています」。自身を支えてくれる多くの励ましやサポートに対して、氷上から感謝を伝える。

 生まれ育った地元、岡山県矢掛町への思い

 取材の最後に、三宅は「全日本ではもう一つ、目標があるんです」と自ら切り出した。

「小さい頃からずっと、地元の矢掛町の方々に応援をしてもらっている。全日本でテレビに出て、少しでも恩返しをするのも目標です」

 岡山県南西部に位置し、江戸時代には宿場町として栄えた矢掛町。今もその古い街並みが残っており「歴史的な建物もあって、凄く素敵なところ」という。「自分自身にとって、本当に落ち着ける場所。大阪から帰ってきても、やっぱり落ち着くことができる。町長さんやいろんな方が小さい頃から応援してくれていて、街とかでも声をかけてくれることもある」。地元への思いも胸に、リンクを舞う。

 ♤三宅 星南(みやけ・せな)

 2002年3月26日生まれ、岡山県矢掛町出身の19歳。5歳でスケートを始め、14年の全日本ノービス選手権で優勝。16年の全日本選手権で9位となり新人賞を受賞。17年の全日本ジュニア選手権では2位。昨年の全日本ジュニア選手権は3位。現在の所属は関西大で、今季からシニアに転向。身長1メートル76。家族は両親と姉。血液型はA型。趣味はモータースポーツ観賞で「以前はスーパーGTなどを現地観戦させてもらった。今はコロナ禍で行くことができないけど、インターネットなどで応援しています」。