【元横綱・稀勢の里コラム】「花のロクイチ」宝富士は引退するまで左四つにこだわった

[ 2025年10月15日 07:00 ]

17年の大相撲九州場所9日目、宝富士(左)が放った捨て身の下手投げに敗れる稀勢の里
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 私は昭和61年(1986年)生まれで、7月に39歳になりました。同年代は角界で活躍力士も多く「花のロクイチ」とも呼ばれています。さすがに40歳に近づき現役力士は少なくなりました。関取は碧山(現岩友親方)、妙義龍(現振分親方)が昨年引退。そして宝富士が秋場所で16年半の現役生活に終止符を打ちました。

 宝富士は入門から休みなしの皆勤。最後まで「宝富士」を貫きました。あっぱれです。とことん左四つ。一つのことを貫き続けることがやがて実を結ぶことを証明してくれました。調子が悪くなるといろんなことに目を向けてしまいがちですが、自分には左四つしかない!という主張がしっかりしていた力士でした。

 私も何度も対戦したことがあります。相四つですし、合口は良かったのですが、毎回気を使いながら取っていました。上手を取った時の力強さは脅威。手ごわい相手でした。先日の引退会見では思い出の一番に14年秋場所10日目の稀勢の里戦を挙げてもらったようです。当時私は大関。がっぷり四つの熱戦でした。最後の対戦となった17年九州場所は見事に寄り切られて金星を配給しました。寂しい気持ちはありますが、今度は桐山親方としての第二の人生が待っています。形にこだわった自身の姿は伊勢ケ浜部屋の後輩には最高のお手本になることでしょう。ロクイチ組は現役関取が不在となりました。やはり、同年代の力士が角界を去ると寂しさを感じます。同期生は北ハリ磨、鳰の湖、御室岳が頑張っています。一日でも多く土俵に上がってくれることを期待します。

 もう一人、プロ野球でも同じ茨城県出身で同い年のロッテ・美馬学投手が現役を引退しました。私は龍ケ崎市の長山中で野球をやっていましたが、彼は隣町の藤代中。監督同士が仲が良かったこともあり何度も対戦しました。打者としても優れていましたし、野球センスはずばぬけていました。私は卒業後に大相撲の世界に飛び込み、彼は大学、社会人を経てプロ野球。何度もケガに泣かされながらも、その都度カムバックして15年間。39歳まで現役だったのは日頃の努力と節制。それに尽きますね。同郷の同年代のプロということで親交もありましたし、楽天所属の頃は巡業で訪れた仙台で一緒に食事もして楽しい時間を過ごさせていただきました。

 引退試合でケガをするのも彼らしいといえばそれまでですが、まずはケガを治し貴重な経験を生かした指導者になってほしいものです。 (元横綱・稀勢の里)

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