馬淵かの子さん死去 86歳 飛び込みで五輪3度出場、指導者としても活躍

[ 2025年1月11日 04:30 ]

馬淵かの子さん
Photo By 共同

 24年パリ五輪男子高飛び込み銀メダリストの玉井陸斗ら多くの名選手を育て、自身も五輪に3度出場した馬淵かの子(まぶち・かのこ)さんが4日午後7時48分、肺炎のため神戸市の病院で死去した。86歳。神戸市出身。10日、家族葬を執り行った。喪主は長女で1984年ロサンゼルス五輪出場の湯浅(ゆあさ)よしのさん。

 10代から飛び込みの第一人者として活躍し、26歳で臨んだ3度目の64年東京五輪の板飛び込みで7位に入った。引退後は指導者に転じ、元五輪代表の夫良さん(故人)と79年、日本で初めて飛び込み用室内プールを備えたクラブ、JSS宝塚を開いた。ここから五輪6大会出場の寺内健らが羽ばたいた。

 優れた原石を発掘し続け、玉井が小学1年の時に才能を見抜いて競技に誘った。選手として悔しい思いをした東京五輪から60年のパリ五輪。その愛弟子が日本の飛び込み勢で初めて表彰台に立ち、五輪でメダルを獲得するという自身の夢をかなえた。

 クラブのコーチで寺内、玉井の指導を担当した中国出身の蘇薇(スー・ウェイ)さんは、最高レベルの中国に指導法を求めた馬淵さんに招へいされ、来日。日本国籍を取得する際に「飛び込み界のブランド」と心酔した馬淵姓をもらい、馬淵崇英になった。

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