【NBA】“レジェンド”ジェリー・ウェスト氏86歳で死去 NBAロゴのモデルとなった伝説シューター

[ 2024年6月12日 23:06 ]

コービーブライアント氏とジェリー・ウェスト氏の2ショット(08年撮影/AP)
Photo By AP

 NBAレイカーズで活躍して、NBAのロゴのモデルとなったジェリー・ウェスト氏が現地時間11日(日本時間12日)に亡くなったことがわかった。86歳だった。

 米スポーツ専門局ESPN(電子版)やスポーツ専門サイト「ジ・アスレチック」の複数の現地メディアがウェスト氏の訃報を報じた。ESPNによると、クリッパーズはウェスト氏の死去を発表する際に「ウェスト氏はバスケットボールの卓越性を体現した人物であり、彼を知るすべての人にとって友人だった」と述べた。そしてチームによると、ウェスト氏の妻カレンさんは死去時にウェスト氏の傍らにいたという。

 ウェスト氏は1960年のNBAドラフト全体2位でレイカーズに入団。シュートの名手としてチームをけん引し、1969年にはNBAファイナルに進出してチームは敗れながらもファイナルMVPを獲得。チームが敗れてファイナルMVPを獲得した唯一の選手でもある。1972年にはチームをNBA優勝に導いた。

 土壇場に強いことから「ミスター・クラッチ」のあだ名を持つ。14回のオールスター選出、5度のオールディフェンシブチームに選出、1970年には得点王にも輝いている。

 引退後にはNBAの幹部として成功を収めた。1979年からレイカーズのGMを務めて、1980年代には5度の優勝を果たしたショータイム・レイカーズを築き上げた。その後、1996年にシャキール・オニール氏とコービー・ブライアント氏のコンビ結成させて、2000年からのレイカーズ3連覇に貢献した。その後、グリズリーズとウォリアーズのフロントオフィスでも働き、2017年からクリッパーズの球団最高顧問に就任。2021年には西カンファレンス決勝進出に貢献した。

 1979年に選手として、2010年に1960年のアメリカ代表オリンピックチームのメンバーとしてバスケットボール殿堂入りを果たし、ESPNによると今年後半には貢献者として3度目の殿堂入りを果たす予定だという。さらに背番号「44」はレイカーズの永久欠番となっている。

 そして1969年に初めて導入されたNBAのロゴはウェスト氏の写真を基に作成されて、そのロゴは今でもほとんど変わっていない。

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