追悼連載~「コービー激動の41年」その70 初の五輪で得た貴重な経験
2008年のNBAファイナル。レイカーズは4年ぶりに最終ステージまでやってきたがセルティクスに2勝4敗で敗れた。24点をリードしながら逆転負けを喫した第5戦がすべてだった。そして新たなシーズンが始まる前に、コービー・ブライアントは北京五輪に出場した。30歳目前にして初めて身につける「USA」のユニフォーム(背番号は10)。右手人差し指の手術を延期して出場し、米国民の期待に応えて金メダルを獲得したのだが、ここでブライアントはNBAではほとんどなかった経験を積んだ。
米国代表を率いていたのは「コーチK」こと、デューク大のマイク・シャセフスキー監督(当時61歳)だった。なぜ「コーチK」かというとシャセフスキーのスペルが「Krzyzewski」で、ルーツがポーランドからの移民系ゆえにその発音が難しく頭文字の「K」が名前代わりになった。
もともとブライアントはローワー・メリオン高校(フィラデルフィア)を卒業したあとはデューク大への進学が有力視されていたのでもしかしたら“恩師”になっていたかもしれない人物。一度は切れてしまった運命の糸は、五輪で結ばれることになった。
コーチKは大きなプレッシャーを感じていたはず。なにしろNBAで編成された米国代表の“初陣”となった日本での世界選手権(2006年=現W杯)では3位。準決勝でギリシャに95―101で敗れ、NBAのスター選手を引き連れていながらタイトルを逃していた。もともと陸軍士官学校のポイントガード。国を背負うことの重要性は誰よりもわかっていて、だからこそ北京ではリベンジに燃えていた。
ブライアントは「高校生のころ自分を熱心にリクルートしてくれた人。代表チームに参加したとき、彼の情熱が手に取るようにわかった」と語っており、レイカーズのフィル・ジャクソンとは性格を異にしていた指揮官をスムーズに受け入れていた。
その“熱男”のような指揮官の期待に応えるため、ブライアントはチームをある方法で熱くさせた。それが2度目の五輪出場となっていたレブロン・ジェームズ(当時キャバリアーズ)との「キラー・メンタリティー作戦」だった。ブライアントは6つ年下のジェームズに「練習からガチでやるぞ」と持ち掛け、1対1では2人とも鬼のような形相でバトルを演じたのだと言う。それを見た他の代表選手たちはびっくり。初めての五輪ながら年長者ということもあって、国を背負うことへの重みを身をもって説いていった。
「オフェンスでは悩まなかった。でもディフェンスには集中した」と北京五輪でブライアントはスコアラーとしてよりはむしろ相手のエースのストッパーとして活躍。ともにバックコートを支えたドウェイン・ウェイド(当時ヒート)と連携して相手のボールをスティールするための罠(わな)をいたるところに仕掛けた。
ブライアントによれば彼自身が相手のドリブラーをまずコーナーに追い込み、圧力をかけられたその選手が苦しまぎれにトップの位置にいる選手にパスを出そうとしたところをウェイドが寸断。「こんなことは今までやったことがなかった。でも彼(ウェイド)とのハンティングは楽しかったよ」と振り返っているように、この連携プレーは他の国のチームにとっては脅威となった。
「お前たちは何やってんだ!」。ブライアントは北京五輪で一度だけ、ハーフタイムで怒鳴ったそうだ。前半での不甲斐ない戦いぶりを見てチームメートを叱咤激励した形。それはコーチKの本音を代弁していたのかもしれない。自著「マンバ・メンタリティー(2018年刊)」ではどの試合だったかは明らかにしていないが、前半終了直前の第2クオーターで劣勢となったのは全8試合の中で準決勝(対アルゼンチン=19―29)だけ。2004年のアテネ五輪準決勝で米国はアルゼンチンに81―89で敗れており、ブライアントは宿敵を倒すことへの「キラー・メンタリティー」を全員に求めたのだと思う。
かくして五輪で金メダルを手にしてブライアントとレイカーズの2008~09年シーズンが始まる。これまでと違っていたのは、自分1人ではなく仲間を同時に動かせば、何かが変わることだったかもしれない。そう、五輪での経験は本人が思っていた以上に大きかった。(敬称略・続く)
◆高柳 昌弥(たかやなぎ・まさや)1958年、北九州市出身。上智大卒。ゴルフ、プロ野球、五輪、NFL、NBAなどを担当。NFLスーパーボウルや、マイケル・ジョーダン全盛時のNBAファイナルなどを取材。50歳以上のシニア・バスケの全国大会には一昨年まで8年連続で出場。フルマラソンの自己ベストは2013年東京マラソンの4時間16分。昨年の北九州マラソンは4時間47分で完走。
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