自転車トラック女子「オムニアム」期待の星・梶原悠未、金へ踏み出す“3つのペダル”
Challenge 春――新たな挑戦
2月の自転車トラック種目の世界選手権女子オムニアムで初優勝を飾った梶原悠未(23)は今月、筑波大大学院に進学した。文武両道を継続しながら1年延期の東京五輪へ準備を進める。オムニアムは1日で4種目を行い、その合計点で競う過酷種目だ。金メダル候補に急浮上した梶原の武器は(1)スピード(2)戦略(3)メンタル。3つのキーワードから新たな挑戦をひもといた。
◆スピード
梶原が誇る最大の武器は、爆発的なスピードだ。日本代表のクレイグ・グリフィン中距離ヘッドコーチは梶原の走りを「ポケット・ロケット」と形容する。身長は1メートル55と小柄だが、60センチもある太腿で一気に加速し、ライバルたちを抜き去る。
加速した状態で斜面を走る「フライング」の200メートルの記録は10秒9。1年で0秒6ほど速くなった。「勝負どころで圧倒的な差をつけたスピードを出すことで勝利につなげられる」と自信を見せる。
急成長の理由は筋力強化にある。昨年4月からウエートトレーニングでサポート役をつけ「限界を超えた重さで自分のできない領域まで攻め込んだ」。スクワットは最大110キロを上げ、太腿の裏側が発達。鋼の肉体が、爆発力を生む。
オムニアムはリオ五輪後のルール改正により2日間6種目が、1日で4種目となった。自慢のトップスピードをレース中に何度、繰り出せるかが課題。「持久力でも世界のトップレベルに」とスタミナアップを図る。
◆戦略
経験則から導き出した戦略があるから、自慢のスピードが生きる。筑波大でスポーツ戦術論や統計学を学んだ梶原の卒業論文は「エリミネーションレースの戦術技能」。四六時中、レース展開を考え抜き、卓越された勝負勘が養われた。「レース映像を研究するだけでも人生の時間が足りない…」。まさに研究の虫だ。
オムニアムはタイムではなく順番を争うレース種目の連続だ。梶原の得点源は、戦略性の高いテンポレース。毎周回ごとに先頭の選手にのみ1点が与えられる。他選手の状態や戦局を見極め、ここぞのタイミングで得点を量産。「常に世界のレースで上位を必ず獲得できている」と胸を張る。
主要大会に出場した全選手全種目の動きを50項目に分けて分析。PCソフトのエクセルには1000件以上の独自データがある。世界女王になった今、新たな情報収集に着手する。「各選手が攻略法を考えてくる。自分自身を自分で倒す戦術、裏の裏の裏、先の先まで考えたい」。梶原は想像の先を目指す。
◆メンタル
座右の銘は「有言実行」。金メダル獲得という確固たる目標が、梶原を駆り立てる。「東京五輪の開催が決まってから、その目標を宣言するように習慣付けてきた」。夢実現への逆算。そして自らの思いを言語化し続けることで成長してきた。
オムニアムは数十分おきに4種目を消化し、3時間半ほどで勝敗が決する。レース中に何度も吐くこともあり、深呼吸を繰り返すため「気管の中の皮がめくれちゃう」。ドリンクを飲むだけでも激痛が走り、横隔膜や脇腹の痛みは3日ほど続くという。そんな厳しい状況でも、大会中は気づいたことをすかさずスマートフォンに書き留め、メモ帳の保存数は300件以上。目標を実現するために何が必要なのか。自らの言葉の蓄積が、最高のメンタル状態を引き出す。
世界女王の競技生活を支えるのは、強い心。「“有言実行”はより一層、自分に厳しく努力することができる魔法の言葉」。自分との対話は続く。
《静岡・伊豆で母と二人三脚》梶原は今、練習拠点の静岡県伊豆市で汗を流す。サポート役の母・有里さん(48)と二人三脚を継続。不要不急の外出を自粛しながらロードを中心としたメニューをこなす。「五輪延期が決まるまで不安だったけど、今は切り替えている」。今後の遠征や大会は未定だが、日本代表のコーチ陣とも話し合い、計画を練った。1年後の予行演習として「(延期前の)今年8月9日に東京五輪のレースがあることを想定してピーキングする」と青写真を描く。
筑波大体育専門学群を卒業し、今月から同大大学院人間総合科学学術院に進学。新型コロナウイルスの影響で当面は茨城県内のキャンパスに通えず、伊豆市の自宅で研究データ収集などを行っている。今月27日にはオンライン授業が始まる。文武両道を貫く梶原は「授業でも練習でも人が集まれない。難しさに直面しながらも、前向きに取り組んでいる」と語る。今月10日に23歳になり、目指すは「最速の梶原悠未」。東京五輪1年延期にも「時間があれば、それだけ強くなれる」と力強く言った。
▽オムニアム トラックレースの複合競技。1日に4種目行い、成績をポイント換算して順位を決定。合計点で優勝を争う。(1)スクラッチ=女子は距離7.5キロで着順を争う(2)テンポレース=周回ごとに先頭の選手にポイント(3)エリミネーション=周回ごとに最下位の選手が脱落(4)最後は2人によるマッチレースとなるポイントレースで、女子は20キロ。周回によりスプリントを行い、ポイントを獲得する。五輪では12年ロンドンから正式種目。陸上競技の十種競技に例えられる過酷な種目。
◆梶原 悠未(かじはら・ゆうみ)1997年(平9)4月10日生まれ、埼玉県和光市出身の23歳。1歳から競泳を始め、主に自由形で小4から中2まで全国大会に出場。13年の筑波大坂戸高入学後に陸上競技と迷った末に、顧問の誘いで自転車に転向。14年全日本選手権ジュニアでロードレース、タイムトライアル制覇。17年W杯第3戦のオムニアムで日本女子初の金メダル。20年世界選手権で日本女子初の優勝。1メートル55、56キロ。
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