安倍元首相1周忌 昭恵夫人「元首相の志を継承する集い」発言全文「私は素晴らしい人と結婚していた」
安倍晋三元首相が参院選の応援演説中に銃撃されて死去してから1年の8日、昭恵夫人が都内で行われた「安倍晋三元首相の志を継承する集い」に出席し、涙ながらに遺族のあいさつを述べた。
「昨年の今日のことを思い出すと、本当に朝から涙が止まらなくなって、申し訳ございません」と嗚咽を漏らし「秘書の人から『撃たれた』という電話が入り、本当に驚きましたけれども、その後まさか亡くなると思っていなかったので、主人の下着や私の着替えなどを急いで支度をして奈良に向かいました。最期、主人の手を握ると、気のせいかもしれないんですけど、握り返してくれたような気がしました。そしてその時の主人の顔はとても安らかで笑顔でした」と振り返り、涙ぐんだ。
▽昭恵夫人あいさつ全文
本日は一周忌にあたり、呼びかけ人の皆さまにこのような素晴らしい会を開いていただき、本当にありがとうございます。全国各地から大勢の皆さまにご出席をいただき、そしてこの会を開いていただくにあたり、多くの皆さまにご尽力をいただき、この会場のどこかでおそらく主人は喜んでみなさんに感謝していることと思います。
一周忌にあたり、きょうは増上寺で法要が行われ、大勢の皆さまに参列をいただきました。昨年の今日のことを思い出すと、本当に朝から涙が止まらなくなって、申し訳ございません。朝、普通に一緒に食事をして「行ってきます」と出かけていって、その後、午前11時半ごろに、秘書の人から「撃たれた」という電話が入り、本当に驚きましたけれども、その後まさか亡くなると思っていなかったので、主人の下着や私の着替えなどを急いで支度をして奈良に向かいました。奈良は遠かったので、ちょっと準備の時間等もあって、結局、着いたのが午後5時少し前でした。
先生方のお話をうかがって、ああこれはもうだめなんだなというふうに思いましたけれども、最期、主人の手を握ると、気のせいかもしれないですけど、握り返してくれたような気がしました。そしてその時の主人の顔はとても安らかで笑顔でした。
それ以来、たくさんの方々にお話しをうかがったり、本や雑誌を読ませていただいたり、今日のお話をうかがっても、主人がいかにこの国を愛し、そして、多くの方にお支えをいただきながら、日本の国のために一生懸命頑張ってきたか、あらためて知ることになり、私は素晴らしい人と結婚していたんだなと本当に誇りに思っているところです。
2012年に再び総裁選挙に出馬をするという時、最初主人はずいぶん悩んでいました。私が「どうするの?」と聞くと「どうしようか悩んでいるんだ」と。周りからは「今回の総裁選挙に出馬をしても、当選しないかもしれない。元総理が総裁選挙に落選するようでは、その後の政治家としての人生が終わってしまうので、今回は見合わせた方がいいのではないか」ということも言われていると。でも、その時、主人は出馬の覚悟をしていたようで「自分は出たい」と。「もし落選したらどうするの?」と聞くと「今回もし一生懸命頑張ってだめだったら、命を奪われるわけではないので、また次、再チャレンジする」と。「その次だめでも、また再チャレンジすればいい。自分の経験を活かし、何度でも挑戦して、この国のために働きたい」ということを言ったので「それなら私も一生懸命応援します。その代わり、命がけでこの国のために働いてくださいね」ということを言いました。主人は命をかけて、この国のために本当に働いて、そして今、魂となって、その魂もまた、この国のために、これからも皆さんとともに働き続けると思います。
私は数字の中にいろいろなメッセージをいつも受け取るんですけれども、主人は義父と同じ67歳で亡くなりました。去年の始めに「今年でおやじの年齢を超えられるな」と言っていましたが、超えることなく、同じ年齢で亡くなってしまいました。義父は志半ば、本当に総理大臣目前でしたけれども、同じ67年でも主人の67年は本当に豊かなものであったというふうに思っています。主人の後を継いだ吉田真次さんは38歳。主人が初当選した時も同じ38歳でした。主人の初当選は平成5年、今年は令和5年。主人が出馬表明をしたのが、義父が亡くなった年の平成3年の7月8日でした。
いろいろな感情はありますが、主人が戻ってくるわけではないので、私は主人はこの死に意味を持たせたいといろいろと考えているところです。先日、出雲大社にある方の結婚式でうかがいましたけれど、その6月14日、義母の誕生日だったんですけど、神職の方が10年前の6月14日午前10時半、ちょうど、その結婚式が行われていた時間ですけれども、安倍総理が参拝されましたよ、とおっしゃいました。去年も奈良を6月に訪問いたしましたけれど、今年も6月末に奈良に行かせていただき、橿原神宮に参拝させていただきました。そして、その時も橿原神宮の宮司から総理が来られた時に「真実一路」という書を書いていただきましたといって、コピーをいただいたのが、6月10日、私の誕生日でした。いろんなところで主人はこうしてメッセージをくれているんだなと思っているところです。
以前、森総理は『日本は神の国』と言って問題になりましたけれども、私は間違いなく、日本は神の国だなというふうに思っています。
脈々と続いた、歴史ある日本。本当に主人はこの日本を誇りある国にするために頑張ってまいりましたので、私もこれから主人の魂とともにこの国のために尽くしていきたいというふうに思っているところですので、皆さんどうぞ、よろしくお願いいたします。
先ほどお話をいただきましたように、主人は本当に影で努力をする人でした。どんな時でも原稿は自分で書いて、そしてそれを何度も何度も練習をしておりました。先ほど、高市先生にはお風呂のところまで追いかけてくれるというお話をいただきましたけれども、私は何度も聞くと飽きてしまうので、途中で聞かないこともありました。今思えば、もっと熱心に聞いてあげればよかったなと思いますが、私の話は本当によく聞いてくれる夫でもありました。
皆さんにとりましても、優しい主人の思い出がたくさんおありかと思いますけれども、私が最後に主人に頼みましたのは、LGBTの友人に会ってくれということでした。私はLGBTの友人がたくさんいるので、法案のことでいろいろ批判の声がありました。主人にそれを伝えて、直接話を聞いてもらえないかと言ったところ、いいよと言って一緒に食事をしてくれました。食事をしながら、飲みながら、彼らの話を熱心に聞いて、一つ一つの課題に対して、法律にしなくても、それは、こういう解決方法があるんだ、日本は昔から差別をするような国ではないんだと議論を重ね、彼(友人)は大変喜んで納得をしていました。どんな人ともきちんと話をして、そして解決をみいだしていくという姿に私は本当に感謝し、また尊敬をしていました。
これから、主人がいなくなって悲しいという思いは持たれていると思います。私も本当に悲しいですけれども、怒りの感情を持つのではなく、恨みの感情を持つのではなく、どうか、主人が亡くなったことで、奮起をしていただき、この日本の国のために、皆さんの力を合わせていただくことが主人に対する供養だと思いますし、語り継いでいただければと思いますので、よろしくお願いいたします。本日は本当にありがとうございました。












