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新たな戦略 免疫治療 dMMRタイプの大腸がんに100%に近い有効性報告

[ 2023年5月22日 01:00 ]

米国臨床腫瘍学会の会場でセルチェク医師(左から2人目)と対面しました
Photo By 提供写真

 がん治療の最前線、米国で働く日本人医師が現場から最新の情報を届ける「USA発 日本人スーパードクター これが最新がん治療」。テキサス州ヒューストンにある米がん研究最大の拠点「MDアンダーソンがんセンター」で治療に取り組む小西毅医師による第3回は、放射線も抗がん剤も使わない「免疫治療」についてです。

 ≪がん組織の遺伝子タイプに着目≫
 私が渡米してまもなく、一人の女性患者が紹介されてきました。
 「先生、私は直腸がんと診断されましたが、人工肛門は絶対に嫌です。なんとかなりませんか?」

 彼女は医療従事者で、私が肛門温存を得意とする外科医と聞いて遠くから来てくれたのですが、残念ながらがんは大きく広がり、手術すれば人工肛門は免れない状況でした。手術を回避し「Watch & Wait」へ持ち込むことを念頭に、通常は放射線治療と抗がん剤を開始します。しかし、ここで私は、彼女のがん組織の遺伝子タイプを調べました。すると「dMMR」という免疫治療が非常に効きやすいタイプであることが分かりました。そこで私は腫瘍内科医とチームをつくり、彼女を免疫治療だけで放射線も抗がん剤も使わず治療しました。結果、がんは完全に消え去り、現在まで再発なく経過しています。

 人間が一人ずつ遺伝子レベルで異なるように、大腸がんも一つ一つ遺伝子レベルで異なります。ここ数年、その個性に着目した新しい治療戦略が進んでいます。今回は、その中でも米国で臨床応用が進む免疫治療について解説します。

 ≪日米同時ノーベル賞から生まれたがんの免疫治療≫
 人間には本来、自分と異なる異物細胞を攻撃し排除する免疫機能が備わっています。しかし、がん細胞は上手に免疫攻撃を回避するメカニズムを持っています。この免疫回避メカニズムを担当するPD―1という物質を発見し、がんの免疫治療への道を開いたのが、2018年に日米共同でノーベル賞を受賞した日本の本庶佑博士、そして米国のジェームズ・アリソン博士です。アリソン博士は私が働くヒューストンのMDアンダーソンがんセンターに勤める免疫学者で、ここを中心として新しい免疫治療を次々と開発しています。免疫治療は抗がん剤と違って副作用も少なく、これまで手術以外に抗がん剤や放射線しかなかったがん治療の新たな選択肢として期待されています。

 ≪大腸がんの一部は免疫治療が非常によく効く≫
 「ステージ2、3直腸がん(dMMRタイプ)は、免疫治療のみで100%消えてしまい、手術も放射線も抗がん剤も不要であった」

 2022年、臨床医学で最も権威ある学術誌NEJMに、センセーショナルな臨床試験の結果が報告されました。この報告をしたニューヨークのアンドレア・セルチェク医師は大腸がんの薬物治療を専門とする若き女性医師で、早くから免疫治療の可能性に着目していました。手術による後遺症で苦しむことの多い直腸がん、その中でもdMMRという免疫治療が効きやすいタイプに絞って治療したところ、大きな副作用もなく全例でがんが消滅したのです。この結果はメディアで大々的に報道され、米国の病院では直腸がんの患者さんから「私も免疫治療は使えないのか」と問い合わせが殺到しました。dMMRは直腸がんの1割に満たない比較的珍しいタイプですが、直腸がん全体の多さを考えれば、それでも大変な数の患者さんが当てはまります。医学において100%近い有効性は極めて珍しく、dMMRタイプに限られるとはいえ、その成果は画期的といえます。

 直腸がんだけでなく、dMMRタイプの結腸がんでも免疫治療はよく効くことが、欧州の臨床研究や私のいるMDアンダーソンがんセンターから報告されています。結腸がんでは直腸がんよりもdMMRタイプが多く、全体の約2割弱を占めます。とくに高齢者や遺伝性の若い大腸がん患者ではこのタイプが多いことが知られており、免疫治療の応用が期待されています。また、dMMR以外の大腸がんでも、免疫治療と抗がん剤を組み合わせることで高い効果が得られないか、研究開発が進んでいます。

 ≪コストと保険適用が問題≫
 現在、MDアンダーソンがんセンターでは直腸がん、結腸がんを問わず、全ての大腸がんでまず初めに遺伝子情報を調べ、dMMRであれば副作用の少ない免疫治療を第一選択とし、手術や抗がん剤を回避する治療を行っています。米国では保険会社が比較的融通が利くので、多くの場合、保険で治療費をカバーできます。しかし日本では現在のところ、手術で治る大腸がんへの免疫治療は保険診療で認められていません。免疫治療薬は高額なので、保険が適用されないと自費では難しいのが現状です。このため、病院によっては臨床試験など患者さんに金銭的負担をかけない形で治療を行っています。今後日本でも保険適用が広がれば、より多くの患者さんに手術や抗がん剤に替わる第一選択として、免疫治療が行われていくことが期待されます。

 次回は、世界で注目を集める日本の大腸がん手術、特に腹腔(ふくくう)鏡・ロボット手術について報告します。

 ◇小西 毅(こにし・つよし)1997年、東大医学部卒。東大腫瘍外科、がん研有明病院大腸外科を経て、2020年から米ヒューストンのMDアンダーソンがんセンターに勤務し、大腸がん手術の世界的第一人者として活躍。大腸がんの腹腔鏡・ロボット手術が専門で、特に高難度な直腸がん手術、骨盤郭清手術で世界的評価が高い。19、22年に米国大腸外科学会Barton Hoexter MD Award受賞。ほか学会受賞歴多数。

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