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五輪聖火空輸、20日に日本到着“絶対に消せない戦い”がそこにはある

[ 2020年3月2日 09:30 ]

 ギリシャからの聖火が今月20日、いよいよ日本にやって来る。その到着を特別な思いで待つ人たちがいる。1964年の前回大会で日本に来た聖火を、全国各地に届ける大役を担った全日空(ANA)の輸送隊員だ。「今回は地上で見守りたい」。当時の客室乗務員と整備士は半世紀ぶりの“再会”を心待ちにしている。(岸 良祐)

 1964年9月、聖火は日本航空(JAL)の特別機でギリシャから中東、アジア各国を経由して沖縄に到着した。そこから、聖火リレーのスタート地点となった鹿児島、宮崎、北海道へ届けたのがANA。輸送機には戦後初の国産旅客機「YS―11」が使用された。YS―11は「聖火号」と名付けられ、機体には東京五輪のエンブレムがペイントされた。

 輸送隊員は客室乗務員、操縦士、整備士ら計12人。一員だった元客室乗務員の白木洋子さん(78)は、搭乗した組織委員会や報道関係者らの機内サービスを担当した。「一大事業の一端を担っているという緊張感はありましたが、とにかく普段通りの仕事を全うしようと決意していました」と振り返る。

 当時、入社5年目。輸送隊に選ばれたことは任務の1カ月前、会社からの通知ではなく、新聞記事で知った。「とてもびっくりしました。事前に特別な準備や訓練などもなく、機内に足を踏み入れたのも本番前日」と社内でも“極秘ミッション”だったという。

 聖火は機内で4台のランタンに移され、揺れた時の影響が最も少ない機体中央に設置された「聖火台」に固定された。決して消えてはいけない「大会の象徴」。万全の備えをしていたが、冷や汗をかいた瞬間もあった。順調だった天候が、最終の目的地である北海道・千歳空港に向かう途中で一変。乱気流に遭遇した機体は10分近くにわたって大きく揺れ、機内には緊迫したムードが漂った。白木さんは「立っていられないほど大きく機体が揺れた時は本当にヒヤリとしました」と語る。

 それでも聖火台に固定されたランタンの炎は無事で、北海道に着いた際には多くの人の歓声で迎えられた。「朝早くから終日緊張していたため、終わった時は大役を果たしてホッとした気持ちでした」と昨日のことのように覚えている。あれから半世紀。あの聖火がまた日本に戻って来る。前回は自ら送り届けた聖火がリレーされる様子を間近で見ることはできなかった。「今度は地上で見守りたい。自宅近くを通るリレーを家族と見に行きたいと思っています」と笑顔で話した。

 整備士として機内に乗り込んだのが入社8年目だった福井裕さん(86)。輸送機の飛行前後に必要となる整備・点検だけでなく、機内に載せる聖火台の製作・整備作業も担った。

 聖火台は高さ約1メートル。上部に空気を通す穴が開けられ、機内のシートレールを利用して通路上に固定された。細かい技術を必要とする仕事だったが「複数の技術者がさまざまな知識や技術を出し合い協力して作成することができた」と胸を張った。

 今大会の聖火もギリシャから空を渡り日本に届けられる。福井さんは、新たなミッションをこなすスタッフに「前回自分が輸送に携わっていたことを思い出す。自分のことのように応援しています」とエールを送った。

 《国産機間に合った》輸送隊が乗り込んだYS―11は、開発が大幅に遅れ「国産機による聖火輸送」の実現が危ぶまれたこともあった。最終的には、試験飛行を終えたばかりの試作2号機をANAカラーに塗装。「聖火号」に仕立てて、当時まだ米軍統治下だった沖縄・那覇から各地に「五輪の火」を運んだ。

 ≪今回は野村忠宏氏、沙保里さんが届ける≫今大会の聖火は12日に古代五輪が行われたオリンピア遺跡で採火され、ギリシャ国内をリレーされた後、19日にアテネのパナシナイコ・スタジアムに到着。ギリシャ国内リレーのランナーを務める柔道男子金メダリストの野村忠宏氏(45)、レスリング女子金メダリストの吉田沙保里さん(37)らが特別機に乗り込んで日本に届ける。

 機内で聖火はランタンに移される。ランタンは真ちゅう製で重さ約2キロ。大きさは持ち手を立てた形で約30センチ。通常の座席に専用台を設置し、ネジで固定して輸送される。「消えてしまうことだけは避けなければならない」(組織委関係者)と、引き継がれた「親の火」のほかに複数の「子の火」を作って念には念を入れるという。

 特別機はJALとANAが共同で運航する。使われるのはJALのボーイング787型機。両社とも大会のオフィシャルパートナーとなっており、双方のロゴマークなどが機体にペイントされる。ライバルが協力する異例の取り組みとなる。

 機体前方には聖火ランナーのピクトグラムが描かれ、聖火の炎が垂直尾翼までつながるデザイン。機体全体で聖火リレー1本の道を表現する。

 20日に航空自衛隊松島基地(宮城県東松島市)に到着。野村氏と吉田さんがランタンに入った聖火を持ち、タラップを降り、同市や石巻市、女川町の小学生が聖火を出迎える。同基地を本拠とする空自のアクロバット飛行チーム「ブルーインパルス」が上空に五輪を描くセレモニーなども予定されているが、新型コロナウイルスの感染拡大を受け、防衛省は組織委員会に対し規模を縮小するよう要望している。

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2020年3月2日のニュース