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ウォルフスブルクFW塩貝健人 無名から4年でW杯代表候補へ 恩師4人が語った成長の足跡

[ 2026年5月1日 04:45 ]

W杯メンバーの最終候補に名を連ねるFW塩貝健人
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 【2026W杯北中米大会 最高の景色を見に行こう】15日発表のW杯メンバーの最終候補に名を連ねるFW塩貝健人(21=ウォルフスブルク)。慶大2年時の24年夏にオランダに渡り、今年1月にドイツ1部移籍と目覚ましいステップアップを遂げた。4年前まで無名の高校生だったストライカーは信念を曲げず、異端のキャリアを突き進む。恩師の証言を基にその足跡を追った。(坂本 寛人)

 W杯カタール大会が開催された22年冬。森保ジャパンに列島が沸いた頃、「塩貝健人」の名前がサッカー関係者の話題に上がるようになっていた。「日本のセンターFWで、パワーとスピードを同時に持っている稀有(けう)な選手。あの時、彼を抑えられる高校レベルのDFはいなかったんじゃないかな」。国学院久我山高の李済華監督(71)はそう断言する。高3秋まで無名の存在だったが、全国高校選手権に出場したことで注目度は急上昇していた。

 バディSC江東で指導した高橋健コーチ(53)は当初、耳を疑った。「久我山に点を取りまくっている凄い選手がいるという話を聞いていたら…あれ?健人じゃない?って」。小学生時代から得点への執着は異質なほど強く、隙があればシュートを打った。「ブルーロックの世界を先読みしたような、そのくらいこだわりを持ってサッカーをしていた」。だがカテゴリーが上がるにつれて個性が消え、埋もれていく才能を何度も見てきた。塩貝のことも「とがっているものはあるけれど、それが折られたら厳しいんじゃないか」という見方をしていた。

 実際に横浜FCジュニアユース時代は控えで、ユース昇格を見送られている。横浜FCのアカデミーダイレクターだった重田征紀氏(49、現スポーツダイレクター)も、高3になった塩貝に驚かされた一人だ。

 中学卒業時に1メートル60台だった身長は1メートル80に到達していた。「まず体にびっくりした。身長がどう伸びるかをある程度予測して選手を扱うが、その想定を超えた選手の一人」。やんちゃな性格で指導には手を焼いた。ピッチ内での自己表現も強かった。大きな相手にはね返されてもドリブルで突っ込んでいく。ボールロストにつながり、判断を誤っているようにも映った。それでも塩貝はかたくなにプレーを曲げなかった。「試合に出られない経験、自分よりも大きな相手と勝負しなきゃいけない時期が長く続いた。その中でいろんな工夫をしながら成長しようとやり続けていた」。

 先行していたメンタルにフィジカルが追い付き始めたのが高2の頃。自主性を重んじる国学院久我山高で、とがっていた個性はさらに磨かれた。

 総合型選抜入試で入学した慶大で、進むべき道は確固たるものになった。1年冬から指導にあたった中町公祐監督(40)は就任早々、既に中心選手だった塩貝に伝えた。「センターFWで得点を取って自分の価値を上げろ」「チームを勝たせる存在になれ」。当時、スピードを買ってサイドアタッカーとして獲得に名乗り出るJクラブがあった。後に加入内定する横浜Mからもウイング起用を打診されていた。だが根っからのストライカー気質。中町氏はゴール前での勝負に専念させた。

 「監督によってはサイドの選手になっていたかもしれないが、私には(考えが)一切なかった。能力が高い選手はプロにはいくらでもいる中で、そこ(ストライカー)に挑戦する彼への期待値があった」。その起用方針が、以降のステップアップのスピードを加速させたとみている。「彼が持っているストライカー的な部分により拍車をかけたと思う。絶対に自分が点を取るんだという生きざまを見せている」。慶大を退部し、横浜Mとの契約を解除してNECナイメヘンに移籍したのは、監督就任から約半年後の24年夏。2週間近く毎日話し合いを続けた末、最終的には背中を押して送り出した。

 日本代表に初招集された3月、中町氏にメッセージが届いた。「スタートラインに立てました」。慶大2年で下した異例の決断の根底には、欧州のビッグクラブでプレーするというビジョンがある。だから今は通過点に過ぎない。「もちろん皆さんの目先の関心は塩貝が(W杯メンバーに)入るかどうかという話かもしれないけれど、私は長いスパンで見ています」。日本を勝たせる存在になる日は、そう遠くない。

 ▼ブルーロック 週刊少年マガジンで18年に連載スタート。高校生たちが「ブルーロック(青い監獄)」と呼ばれる施設でライバルを蹴落とし合い、世界一のストライカーを目指す。単行本は既刊38巻で累計5000万部を突破。アニメ化、映画化され、今夏に実写映画が公開予定。

 ◇塩貝 健人(しおがい・けんと)2005年(平17)3月26日生まれ、東京都出身の21歳。バディSC江東、横浜FCジュニアユースを経て国学院久我山高3年時に全国高校選手権に出場。日本高校選抜に選出。慶大1年時の24年1月に横浜Mへの加入が内定し、同4月に特別指定選手でJ1デビュー。同8月にオランダ1部NECナイメヘン入り。今年1月にドイツ1部ウォルフスブルクに完全移籍。1メートル80、77キロ。利き足は右。

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