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今西和男さん死去 波瀾万丈のサッカー人生 被爆のやけど痕がケロイドに…不屈の魂で日本代表に

[ 2026年4月16日 11:16 ]

森保監督にエールを送る今西和男さん
Photo By スポニチ

 元サンフレッチェ広島GMで、日本代表監督の森保一氏を広島の前身・マツダにスカウトしたことでも知られている今西和男(いまにし・かずお)氏が16日未明、肺炎のために広島市内の病院で亡くなった。85歳だった。13日に体調を崩して入院していた。

 今西さんが日本のサッカー界に残した功績は大きいが、人生も波瀾万丈だった。今西さんは被爆による左足のやけど痕がケロイドになり、ちゃんとボールを蹴ることができなかった。それを補うために、特長だった俊足を生かし、強烈なタックルを身につけた。サッカーを始めたのは高校2年生で、技術がなかったためポジションは左サイドバック、当時は一番下手な選手の定位置だったという。だが、左足で蹴られないため、カットインして右足でシュートする練習をしたという。大学時代はゴールポストにわらを巻いて左足で蹴る練習をしたと明かしており、他人の倍の努力をしたという。

 日本代表のエースだった釜本邦茂さんを封じたことが評価され、1966年(昭41)には日本代表に選ばれ、同じ広島出身で被爆した長沼健監督の目にとまった。今西さんは長沼監督に「僕も15歳の時に被爆して嫌な思いをした。今西くんは左足でうまくボールが蹴られないが、頑張れる。被爆した選手でも日本代表になれるというところを見せてやってくれ」と言われたという。同年12月のアジア大会(タイ・バンコク)などで活躍したが、脊柱管狭窄症(せきちゅうかんきょうさくしょう)などで29歳にして現役を引退した。

 日本人のゼネラルマネジャー(GM)第1号とされているが、きっかけとなったのは元日本代表監督のハンス・オフト氏の言葉だった。「欧州では選手を経験した人がチームづくりをする。日本もこれから、そういう人が必要になる」と、選手経験がありマネジメント力もあった今西さんの背中を押した。

 さらにサッカーの普及活動にも力を入れ、中国地方だけでなく、四国、九州なども回り、サッカー教室や指導者講習会に取り組んだ。日本でトップクラスの人脈を築いたのは、その成果だった。

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