ターフ去る矢作厩舎池田厩務員のパンサとの思い出

[ 2023年10月4日 10:10 ]

9月16日、最後のレースで2着となり、スタンドの声援に応える池田厩務員
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 日々トレセンや競馬場で取材を続ける記者がテーマを考え、自由に書く東西リレーコラム「書く書くしかじか」。今週は大阪本社の新谷尚太(46)が、先月30日に定年を迎えた池田康宏さん(65)にスポットを当てる。中学を卒業後に飛び込んだこの世界。海外G12勝を挙げた名物厩務員の今の気持ちを聞いた。

 最後に涙はなかった。矢作厩舎の池田厩務員は先月16日、阪神12Rで担当馬のインヒズアイズが2着。厩務員生活最後のレースとなった。「ファンの声援がうれしかった。ウルッとしたけど、涙はなかったよ。パンサラッサのサウジC(1着)で出尽くしたからね。長いようで短かった。人にも馬にも恵まれた厩務員人生だった」。49年半に及ぶ馬人生の最後は笑顔で終わった。

 74年から松永善晴厩舎で厩務員生活がスタート。「最初に担当したショウテンザンで初勝利を挙げた時のことを今でもよく覚えている。善晴厩舎ではテンザンユタカで重賞(94年サファイヤS&愛知杯)も勝たせてもらった。05年の厩舎解散までお世話になった」としみじみと振り返る。

 厩務員生活49年半で担当馬の積み重ねた勝利は136。松永善晴厩舎と、05年の開業と同時に所属した矢作厩舎での勝ち星は68勝ずつだった。「矢作厩舎は18年半で68勝。すさまじい勢いで勝ち星を積み上げさせてもらった」。その勝利の中に22年ドバイターフ、今年のサウジCと世界のビッグG12勝を挙げたパンサラッサとの出合いがあった。いずれも渾身(こんしん)の逃げ切り。ドバイターフは英国ロードノースと同着Vだった。「写真判定が長くて口取りもなければ表彰式もなかった」と実感が湧かなかったそうだが、サウジCは堂々と先頭でゴールを駆け抜けた。その瞬間、池田厩務員が号泣し崩れるシーンはグリーンチャンネルの放送内でも鮮明に映っていた。一番にLINEが届いた妻から「あんた泣きすぎやろ」とメッセージが残されていたのは今ではいい思い出だ。

 続くドバイワールドCは10着。敗れはしたが、愛馬との幸せな時間が今でも忘れられないという。メイダンのスタンドから厩舎地区へ戻る片道約3・5キロの道のり。時間にして40分の楽しいひとときだった。「(パンサラッサと)しゃべりながら歩いていると、俺の顔をのぞいてくるんや。言葉は通じないけど(内容を)理解してくれていたんやろうね。やんちゃでもレースぶりは規格外。最後に幸せをくれた馬」と相棒をねぎらった。

 今後はファン目線で競馬に向き合っていくという。「馬券は矢作厩舎を買うよ。(坂井)瑠星、(古川)奈穂を全力で応援する。馬ばかりの人生だったけど、本当にいい厩務員生活だった。今後、もっと競馬が発展してほしいと願っています」と静かに結んだ。

 ◇池田 康宏(いけだ・やすひろ)1958年(昭33)7月16日生まれ、兵庫県宝塚市出身の65歳。74年から栗東・松永善晴厩舎に所属。解散に伴い、05年開業の矢作厩舎へ。グロリアスノア(10年根岸S、武蔵野S)、タイセイドリーム(16&18年新潟ジャンプS)などに携わった。重賞はパンサラッサで制した22年ドバイターフ、23年サウジCのG12勝を含む11勝。

 ◇新谷 尚太(しんたに・しょうた)1977年(昭52)4月26日生まれ、大阪府出身の46歳。18年5月から園田競馬を担当、同年10月に中央競馬担当にコンバート。前職は専門紙「競馬ニホン」の時計班。

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