古坂大魔王 早すぎる人生初レギュラーは?「一応、毎週金曜日、ラジオのコーナーに」

[ 2026年3月23日 18:43 ]

古坂大魔王
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 お笑いタレント古坂大魔王(52)が、21日放送のTOKYO FM「川島明 そもそもの話」(土曜後5・00)にゲスト出演し、芸人を目指したきっかけを語った。

 青森県出身で、上京後に「底ぬけAIR-LINE」を結成。「タモリのボキャブラ天国」などに出演した。解散後は現在の芸名やピコ太郎の“プロデューサー”として、リズムネタのPPAP(ペンパイナッポーアッポーペン)を大ヒットさせた。

 そんな古坂のお笑いの原点は、青森時代にさかのぼる。青森には関西のお笑い文化が入ってくることはほとんどなく、「大阪の基礎のお笑いが入ってきていない。(吉本)新喜劇を見られないんですよ。見られるのは、せいぜいドリフターズ。そうしたら、ドリフターズのレコードを買いまくる」。幼少のころからザ・ドリフターズやとんねるずなど、音楽を融合した笑いに親しんだという。小学校でも、話題の中心は「8時だョ!全員集合」でのドリフのコントだった。

 そのうち、笑う側から、笑わせる側になりたいと思っていった。小学生のころ、とんねるずが大ブレークした。「オーディオで笑かすという感じ。とんねるずも歌があったり。でもラジオがおもしろかった」。さらに「小学校6年生の時、地元のラジオにテープを送って、自分でカセットで、たとえばイタコのコントをやったり。ラジオコントを」とも明かした。

 番組では、マイケル・ジャクソンをイタコに降臨させ、津軽弁でしゃべらせる漫談を実際に披露した。それが好評だったようで、「地元のラジオに送って、優勝して、小6で一応、毎週金曜日、ラジオのコーナーに出ていたんです」と説明。パーソナリティーの「麒麟」川島明も「もう小6でやってたんだ?」と驚いていた。

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