三宅裕司 生涯現役 「体が動く限り」舞台に 笑い声と拍手を浴びる瞬間が生きる源

[ 2026年3月22日 05:30 ]

後日組 <「だから元気」三宅裕司>健康の秘訣は「仕事」です! と読者にエールをおくる三宅裕司 (撮影・西川祐介)

 著名人に健康や元気の秘訣(ひけつ)を語ってもらう企画「だから元気!」。今回は俳優、ラジオパーソナリティーなど幅広い活躍を続ける三宅裕司さん(74)です。喜劇の舞台には「体が動く限り立ち続けたい」と言います。その思いの源は、舞台上で浴びる観客からの笑い声や拍手でした。 (構成・高原 俊太)

 座長を務める「熱海五郎一座」などの舞台は一言でいえば「笑いの真剣勝負」です。稽古場で何度も練り直し、必死に汗を流して「これなら笑ってもらえる」と確信して板の上に立つ。それでも狙ったギャグがスベって静まり返ったら、役者にとってこれ以上ない地獄そのものです。

 だからこそ、間髪入れずに客席から地鳴りのような笑い声が湧き起こった瞬間、それまでの全ての苦労が霧散します。笑い声と、終演後の鳴りやまないカーテンコールの拍手。それこそが最高の元気の源であり「よし、明日も頑張ろう」というエネルギーです。

 「人を喜ばせたい」という思いは5歳から現在までずっとですね。母が9人きょうだいで、親戚の集まりは総勢数十人以上でした。そこで「面白いことをやれ」と促されて笑いを取った時が、人生の礎になりました。その体験が大きかったから、学生時代にはコミックバンドをやったり、落語研究会に入ったりしましたね。

 28歳で劇団スーパー・エキセントリック・シアター(SET)を旗揚げしたのも、理想の笑いを表現できる場所が欲しかったから。もっと俺の実力を見てくれよ、認めてくれよ、という気持ちが強かったですね。そうしてずっと舞台に立ってますが、気持ちは親戚の集まりで笑いを取った時のままで走っているような気がします。

 2011年に椎間板ヘルニアと脊柱管狭窄(きょうさく)症をほぼ同時に発症しました。下半身の感覚がなく、医師から「障がいが残るかもしれない」とも言われていたので精神的にはきつく、先を考えるのが怖かったですね。ただ、なるべくそういったことを考えずに“絶対大丈夫!早く舞台に立ちたい”という気持ちでリハビリに励みました。一足先に復帰したラジオ番組でのリスナーからの激励の言葉は励みになったし、復帰舞台ではわざと立ち回りを入れて、“復帰したぞ!元気だぞ!”ということをアピールしましたね。

 そんな僕も74歳。5月の誕生日を迎えたら後期高齢者の仲間入りですか。そりゃ年を取ったなということはしょっちゅう感じますよ。昨年の熱海五郎一座では35公演を走り抜けたけど、後半の方で急に目まいがして倒れそうになったんですね。水が足りないと言われたけど、過労だと思ったんです。若い頃は稽古中から公演が終わるまで、ずっと台本の手直しや細かい演出を考えていたけど、もう今までやってきたことができないんだなと思いましたね。

 でも、舞台に立ち続けたいから足腰には気を使っています。最近はウオーキングを1時間するようにしています。コースは2つあって、街中を歩くよりも河川敷を歩いて、川の音を聞いたり鳥のさえずりを聞いたりするのが気持ちいいんですよね。仕事で外に出られない日は、スクワットを50回やってます。

 以前は「80歳まで現役」と言っていましたが、今はもっと先までやっていいかなと思います。知り合いから「80歳の運勢が最高だ」なんて言われました。冗談だとしても、そんなことを言われたら、90歳になっても100歳になっても自分がどんなお笑いをするか知りたくなって、体が動く限りはやっていきたいなと思っています。

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