作家の嵐山光三郎さん死去 83歳 「ABC文体」、「笑っていいとも!増刊号」“初代編集長”

[ 2025年11月29日 05:30 ]

嵐山光三郎さん
Photo By 共同

 軽妙なエッセーやテレビのバラエティー番組でも人気を集めた作家の嵐山光三郎(あらしやま・こうざぶろう、本名祐乗坊英昭=ゆうじょうぼう・ひであき)さんが14日午後6時、肺炎のため死去したことが28日、明らかになった。83歳。浜松市出身。葬儀は近親者で行った。

 所属事務所によると、9月まで執筆活動を行っていたという。今年3月末には文化放送の「大竹まことゴールデンラジオ」に著書のPRで出演。「昨日もベッドから落ちたんです。豆腐が崩れるように。豆腐忍術」とユニークな言葉で笑わせていた。

 大学卒業後に平凡社に入社。日本初の本格的グラフィックマガジン「太陽」の編集長などを務めた後に独立。1982年、“男の本音誌”をうたい、お金や女性関係を扱う月刊誌「DoLiVe(ドリブ)」を創刊し、初代編集長に就いた。

 知名度が高まったのが82年から約5年間、フジテレビ「笑っていいとも!増刊号」への出演。平日昼間の帯番組だった「笑っていいとも!」のダイジェストとして日曜午前に放送。雑誌の増刊号をイメージした番組作りで、ここでも“初代編集長”を名乗った。関わった雑誌、テレビ番組はいずれも人気で、嵐山さんは80年代の若者文化の担い手だった。

 本業の文筆業では「たのC(シー)のでR(アール)」といった独特の「ABC文体」を駆使したエッセーを多くの雑誌に発表。椎名誠氏や南伸坊氏らと共に、話し言葉を多用する文体「昭和軽薄体」の使い手の一人に数えられた。椎名氏は「“面白かった”と作品の感想を伝えると、照れ屋なので笑っていた。物書きとしては大先輩だが、顔を見ると安心できる頼れる兄貴だった」と追悼した。

 旅、温泉、釣り、食と興味は幅広く、90年代にはスポニチで「嵐山光三郎の商品学」「温泉道楽」などを連載していた。競輪にも詳しく「嵐山の目」として予想も担当した。

 92年には日本人のコメ離れに歯止めをかけようと「日本ごはん党」を結成し話題を集めた。また2007年には裁判員制度に反対する団体の呼びかけ人の一人として活動した。文化を生み出すとともに、信念に正直に行動した作家人生だった。

 嵐山 光三郎(あらしやま・こうざぶろう)1942年(昭17)1月10日生まれ、浜松市出身。国学院大文学部国文科卒。著書は多く、松尾芭蕉の人間くさい側面に迫った「悪党芭蕉」で泉鏡花文学賞と読売文学賞を受賞。ほかに作家や歌人らの食欲と創作欲の関わりがテーマの「文人悪食」「文人暴食」など。東京都国立市の教育委員も務めた。口ひげがトレードマーク。

 ▽「笑っていいとも!増刊号」 1982年10月から2014年3月にフジテレビで放送。平日に放送していた「森田一義アワー 笑っていいとも!」のダイジェスト版として日曜午前に放送された。平日に見られなかった人に向けて、人気コーナー「テレフォンショッキング」を1週間分まとめて紹介。CM中や番組終了後のタモリと出演者のトークなど、平日の未公開シーンの放送もあった。2代目編集長は関根勤。新年には特番として放送されることもあった。

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