堺雅人 役者人生の“原点”母校が全国大会出場 入部時の衝撃部員数「何とか引っ張り出して…」

[ 2025年11月9日 16:28 ]

俳優の堺雅人
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 俳優の堺雅人(52)が9日、TBSラジオ「安住紳一郎の日曜天国」(日曜前10・00)にゲスト出演し、演技の原点について語った。

 宮崎県出身の堺は、宮崎南高に入学後、演劇部を始めた。しかし、演劇部に入部するまでには紆余曲折があったという。「始めた時に演劇部員がいなくて。演劇部というのを誰も知らなかったんですよ。“演劇部に入りたいんだけどね”って同級生に聞いたら、“はて?うちの高校に演劇部なんてあったっけ?”なんて」。まずは演劇部を探すところから始まった。

 そのうち、有力情報を手にした。「取り壊す予定だった校舎の一室に演劇部があるらしいっていううわさを聞きつけて」。向かってみたところ、そこには演劇部の衣装とおぼしきドレスと、百人一首部のかるたが置き去りに。「どっちも人がいなかった」という。「演劇部も百人一首部も誰も来なくて、1日待っているうちに、どっちでもいいや。先に来た方に入ろうって」。最後は破れかぶれで、百人一首部に心が揺らいだことも打ち明けた。

 さらに聞き込みを続けると、演劇部員は先輩の女性が1人だけいて、しかも卓球部のマネジャーを兼任していたことが判明。「卓球部まで行って、“演劇部に入りたいんですけど”って言ったら、“え?私、今卓球部のマネジャーなんだけど”って言われて。“そこを何とか”って引っ張り出して、2人から始めた」と振り返った。

 消滅寸前の演劇部で、引っ越しのための片付けをしていると、部員が1人、また1人と増え始めたという。「5人くらいになったのかな。その年の文化祭に出品し…。翌年は僕の同級生がどかっと入ったので、コンクールに初めて出場し…」。堺の勧誘も実り、部としての規模が大きくなっていったという。「あの時、百人一首部の人が来てたら、僕は今ごろかるたの“何か”に…」と想像をふくらませた。

 パーソナリティーの安住紳一郎アナウンサーからは、先輩のその後について聞かれた。「この間、会いましたよ」。何と母校は全国大会に出場したといい、「久しぶりにOB、OGも集まり…。うれしかったですね。見に行きました。東京までやってきて、新国立劇場でやったんですよ。それを見て。素晴らしかったですね。うれしかった」と誇らしげに語った。安住アナも「しかも部員1人のところから立て直しての全国大会。そうですよ」と共感していた。

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