谷口キヨコ 「切実さ」が生み出す無限のパワー 自分が決めた限界はきっと越えられる

[ 2025年9月8日 13:00 ]

わたしなりに限界突破したつもりの映え(?)写真
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 【谷口キヨコのごきげん!?SOLOライフ】

 前回からの続き。韓国で行われるアイドルのオーディション番組でよく使われる言葉。日本語に訳すと『切実である』という表現。オーディション受験者にマスターと呼ばれる歌、ダンスのプロ中のプロたちがアドバイスするときに「切実であれ」と言うのである。その切実な気持ちがパフォーマンスに出る、と。もっと言うと「切実じゃないならここに来るな」と。それほどマスターたちは受験者たちに『切実さ』を求める。

 それは、若いというよりもまだ幼い受験者たちを追い詰めているようにも見える。追い詰められたその先に、何か一線を越えたとでも言うようなパフォーマンスができるのだろうか…。これにはもちろん2パターンあって、現実はそんなパフォーマンスができる人とできずに去っていく人がいる。できてもそのオーディションで最終合格者、アイドルになれない人もいるのだ。

 日本で、もしそのような場面があると、去っていく人は「メンタルが弱い」と評されたと思うし、今ではそのような圧迫面接にも似たもの自体がないと思うが、韓国のオーディションでは今でも「切実さが足りない」と指摘され、涙を流す受験者たちもいる。そこからどうするか、どうなるかは個人差があるのだが…。

 つまり、それまでできなかった人が一線を越えるパフォーマンスをできるのは「切実さ」という気持ちがあるから、とマスターは言っているわけだ。できないのは「切実さ」がない、または足りないということ。そういえば「本物の切実さ」は、気持ちとして強いものだと思う。

 切実に思う、願うことによって、それまでできなかったことが本当にできるようになるのか…。答えは「YES」だと私は思う。実際にオーディション番組で勝ち残るか、優勝するか、ということよりも、それまでできなかったことが、切実に願い、行動することによって、可能になるということだと思うのだ。

 それまでやらなかった、できなかったことが、切実さという強い気持ちによって突き動かされ、可能になる。それまではたぶん、自分で自分のできる範囲を決めていて、そこから出ようとしなかったということ。その自分が、切実さという強い気持ちによって、これまで勝手に自分が決めていた範囲を越えることだと思う。

 できるかどうかではなく、どれほど強く切実にそうなりたい、やりたいと思うのか。それによって行動した自分が切実に願ったことに近づいていく。

 もちろん、そのまんまの夢が必ずかなうとは思わない。でも、本気の切実さに突き動かされた自分は、自分が思う自分の範囲を越えていく!

 自分一人だけではなく、いろいろな人を巻き込んで、助けてもらって、そしてこれまでの自分の限界を越えていく。その一つ一つの積み重ねが、実は自分の人生のような気がする。たとえアイドルにならなくっても、きっとそうなんだよ、と彼らに言いたいし、私もそうやって生きていきたい。

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