別所哲也 両親のかつての職業明かす 教師だった祖母の影響で「英語っていうものに興味を持った」

[ 2025年8月4日 15:08 ]

別所哲也
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 俳優の別所哲也(59)が4日放送のテレビ朝日「徹子の部屋」(月~金曜後1・00)に出演。両親の仕事について明かす場面があった。

 別所の番組初出演の映像を公開。当時、24歳で「なんか恥ずかしいっす。声がまあ、若いですね。当たり前かもしれないですけど。そうです。これはちょうどアメリカのハリウッド映画に出演をさせていただいて、日本に凱旋で戻ってきて、作品が封切られて、その頃に初めて憧れの『徹子の部屋』に出させていただいて」と日米合作映画「クライシス2050」でのハリウッドデビュー後の出演だったと明かした。

 司会の黒柳徹子は「ハリウッド映画の公募っていうのをお見つけになったのはお父さま?」と質問。別所は「そうなんです。語劇で大学時代に俳優になることを決めたので、うちの父が新聞に出てた“ハリウッド映画、日本人宇宙飛行士募集”っていう公募の記事を“お前、こういうのも受けたらどうだ”と。それまで賛成してるんだか反対してるんだかよくわからない父親がそうやって勧めてくれまして。それがきっかけで、こうやって今があるというか」と感謝した。

 オーディションは5次審査まであったといい、「最初は書類審査。その後に、英語で即興劇をやったり、カメラテストがあったり、いろんなことをやって、現地のハリウッドのスタッフに見てもらって、最終的に“別所さんになりました”って。その時は本当にうれしかったです」と振り返った。

 黒柳は「子供の頃はご両親が働いていらしたの?」と質問。すると、別所は「父が銀行員で、母が美容院を経営してまして」と今では85歳になったという両親のかつての職業を明かした。

 両親が働いていたことで、祖母と一緒にいることが多かったそうで、「うちの祖母は中学校の先生だったので、常に辞書と世界地図っていうのがあってですね、リビングに。で、なんか分からない言葉があると、“はい、辞書引いてごらん”って見せてくれて。で、いろんなテレビ番組で世界中を見せる番組見て、“わあ、気になるな、ここ”って思うと、“その国はここにあるんだよ”とか。あと、凄くそれが刺激になって、おばあちゃんと話すのがとても楽しかった」と回顧。「だから僕がアメリカの映画に出たり、英語っていうものに興味を持ったのはおばあちゃん、祖母の影響は凄く強いんですね」と話した。

 そういうこともあり、外国にずっと憧れていたという別所。「憧れて、憧れて。途中でお小遣い貯めてホームステイしようと思って。いろんなホームステイのパンフレット集めて。で、行こうと思ったんですけど、親は許してくれなくて。でも、それが良かったのかもしれないです。自分の中に行きたいっていう気持ちが凄くあふれて。で、最終的に自分の夢をかなえるハリウッド映画っていうので初めてアメリカ、ロサンゼルスへ(行けた)」とした。

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