谷口キヨコ 後片付けに見る祭りの真髄。未来につなぐ祇園祭

[ 2025年7月19日 08:00 ]

<写真説明>こちら、月鉾を片付けるの図。まずは横にして…たてるときも横にしてからたてて、そのあと縦にします
Photo By 提供写真

 【谷口キヨコのごきげん!?SOLOライフ】今年の祇園祭前祭の山鉾(やまほこ)巡行は大雨の中、行われました。鉾町ではないけれど、比較的近所に住んでいるので山や鉾がたてば、散歩がてら夜にぶらぶら見に行くこともあります。

 前祭の山鉾巡行前の宵々山や宵山の夜は歩行者天国になり、すごい人出になるので、人混みが苦手なわたしはなるべく近寄らない…。交通規制もあり、車で出かけることもめっちゃ不便…。こう書くと嫌がっているように思われるかもしれませんが…結構好きです。

 人混みに突入するのが苦手なだけで、ゆったり見られるなら、宵山も楽しみたいし巡行は、ずーっと見ていたい。山や鉾の化粧品はもちろん絢爛(けんらん)豪華だし、辻回しの超絶テクニックにも驚かされます。お囃子も、往路はゆっくり復路は早いテンポになるので「意外に早く戻りたいんやん…」とか、それを物語るかのように烏丸御池過ぎたらフラフラな感じを隠さず、着ているものが乱れまくったままの曳き手さんとか、そんなのを見るのもおもしろい。

 今年はちょうど巡行が終わって、山鉾がそれぞれの鉾町に戻るところに遭遇した。仕舞いの囃子を名残惜しい感じで何節か演奏して終わると、周りから拍手が起こり、お疲れさまでした~の声がかかる。その声に応える町衆たちは雨と汗の巡行でパッと見は疲れているようだが、その疲れさえも含めて誇らしげに見えるのである。

 今年も無事に…祇園祭自体は7月いっぱい続くのでまだ終わってはいないが、やはりハイライトである山鉾巡行が済めば無事にやり遂げた感が表情からあふれ出る。

 実を言うとわたしは、この山鉾巡行というハイライトや宵山を楽しむよりも、巡行が終わった後の充実感の中、片付けてる人々を見るのが好きです。準備もよさそうなものだが、そこには「今年もこれから始まるぞ」みたいな高揚感もあるし期待感もあるので、なんやかんや言いながらみなさんやる気出してやってはる。

 でも巡行した後の山鉾の解体作業等の後片付けは「無事に終えた」感以外はそんなに楽しみもないはず(と、勝手に思ってます…)。そこにあるのは、片付けにおける責任感と義務感…でもそれを淡々とやってる姿にぐっとくるねんな~。なんかそこに本物の祭りの姿があるというか、祭りの真髄がある気がします。

 正式な上下(かみしも)から、Tシャツ&短パンに着替えたメンズたちがよってたかって解体作業や後片付けをする。かなりの倦怠(けんたい)感の中の作業はかなりしんどいだろう。見てるこちらも、あんなに素晴らしい山や鉾がバラバラになって分解されていく姿はなんだか切ないし。でも来年のため、その先のため、つまりは未来のために令和の人たちがどっぷり祇園祭のために時間をつかう。祇園祭の本来の『目的』は厄除けがメインと聞くが、今の『目的』はそれ以外にこれらを『未来につなぐ』ということなのだろう。

 京都人(町衆以外)やその界隈に住む人たちの中には「一回行ったしもうええわ~。毎年同じやもん」と言う人のなんと多いことか。でも毎年同じことをして続けていくことの、なんと大変なことか。それは私たちと同じ普通の、一般の人たちの営みがあってこそ続いていることのなんと素晴らしいことか。だから、その同じことの繰り返し(もちろん実はさまざまな変化があると思うが)を見ることに意義があり、華やかな巡行だけではなく、後片付けする姿により尊さを感じる。

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