大竹しのぶ 映画「鉄道員」参加で出した条件 二千翔さんからの言葉に「寂しくもあり、頼もしくもあり」

[ 2025年7月17日 17:15 ]

大竹しのぶ
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 女優の大竹しのぶ(68)が16日放送のNHKラジオ第1「大竹しのぶの“スピーカーズコーナー”」に出演。映画「鉄道員(ぽっぽや)」(1999年、監督降旗康男)の出演で出した条件を明かした。

 芸歴50周年を迎えた大竹。サイコロで出た目の年代の作品について振り返るコーナー「サイコロカイコロク」。この日は2000年を引き当てた。大竹43歳の時でNHK連続テレビ小説「オードリー」、フジテレビ「編集王」、映画「しあわせ家族計画」「天国までの百マイル」「式日」、舞台「奇跡の人」などに出演していた。

 これまでの作品について話をする中、「映画『鉄道員(ぽっぽや)』という撮影の時に、それもやっぱり週末には家に帰るっていう条件だったんですね、私が出演するにあたっての」と告白。当時、長男・二千翔さんは中学生、長女・IMALUは小学生だったが、「やっぱり週に1回は子供の様子を見ないと、私と母もいたんですけれども」と明かした。

 「そしたら、バスルームで歯磨きしながら息子が“お母さん、毎週北海道から帰ってきてるけどさ、その飛行機代は誰が出すの?”って言って、で、私が“プロデューサーさんだよ”って言ったら、“そのプロデューサーさん、かわいそうだね”って言って。“なんで?”って言ったら“僕たちのことが心配でお母さん帰ってくるんだったら、僕たちは大丈夫だから、そのプロデューサーさんのためにも帰ってこなくていいよ”って言われたの。“飛行機代が高くつくから。そんなことで帰ってこなくていい”って言われて、“それはそうだね”って、“良かった、じゃあ言ってみるね”って、“大丈夫、お母さんいなくても。大丈夫だよ”って言われて」と二千翔さんとのやり取りを明かした。

 「中学生ぐらいだったのかな、その時。それは大丈夫だろうとは思うんですけども、ちょっと寂しくもあり、頼もしくもあり」と大竹。「いろんなことを考えていた。やっぱり小学校、中学生ぐらいまではやっぱり朝とか夜とかいないっていうのが凄く後ろめたく思ってしまうんですね」と回顧。「私が働かなくていけないんだから、いなくても我慢しなきゃいけないこともたくさんあったとは思うんですけども、その分いいこともたくさんあるわけだし。そんなことを考えていた43歳の頃、2000年でしたね」と振り返った。

 大竹は1982年にテレビディレクターの服部晴治氏と結婚。85年に長男・二千翔さんが誕生。87年に服部氏はがんにより死去。88年に大竹はさんまと再婚、89年に長女IMALUを出産したが、92年に離婚した。さんまとは離婚して30年以上たつが、それぞれの誕生日などに家族で顔を合わせている。

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