【細川たかし 我が道22】生きているのに銅像、記念碑 故郷に恩返しができるよう歌い続けたい

[ 2025年6月23日 07:00 ]

故郷・真狩村に建てられた私の銅像
Photo By 共同

 15歳で後にした故郷の真狩村。私が札幌に出てからしばらくして、両親も兄がいる室蘭に引っ越したため、その後、村には親戚がいるだけになっていました。

 デビュー曲「心のこり」から5年後の1980年。8月24日に歌手生活5周年記念「イモ掘りコンサート」を真狩村で行いました。当時3000人ぐらいだった村の人口の倍近い観客が集まったこと、ジャガイモを運ぶトラックの荷台に乗って登場したことを覚えています。その時に真狩村の名誉村民賞をいただきました。ちょうど30歳の時でした。

 そして86年。生家があった村内の桜川地区に後援会が「細川たかしを讃える碑」を建ててくれました。「北酒場」「矢切の渡し」と2年連続でレコード大賞を獲ったご褒美でした。94年には私の20周年と村の開基100年を記念して「細川たかし記念像」ができました。村の中心部に近い真狩河川公園の中です。私の身長と同じ1メートル73の銅像で、台座を含めると3メートルの高さになる立派なものです。手のひらにタッチすると、私の持ち歌4曲が流れる仕組みになっています。

 さらにデビュー40周年の2015年には、生家跡に「芸道一代 細川たかし生地の碑」も建てられました。ほかにも「真狩村交流プラザ」1階には「細川たかしギャラリー」が常設されていて、ステージ衣装や音楽賞のトロフィーなどが展示されています。コロナの頃は観光客が途絶えましたが、この数年、また立ち寄る人が増えたそうです。

 まだ生きているのに、いくつも記念碑や銅像を作ってもらうなんて、「幸せ者」とは私のことを言うのでしょう。ありがたいという言葉だけでは片付けられないほど感謝の気持ちでいっぱいです。羊蹄山とジャガイモ畑しかない村で、星がキラキラと輝く夜空を眺めていた子供の頃、いつか自分が広い日本中を歩いている夢を見ていました。なぜか大勢の人に喜ばれている夢でした。結果的にその夢が現実のものになりました。ヒット曲が出るたびに大喜びして碑や像を作って私を褒めてくれた村の方々と、あの大きな自然がかなえてくれたような気がしています。

 歌手になって50年、村を離れてからは60年の月日がたちますが、今なお真狩の景色が浮かびます。思えば、たった15年しかいなかったのですが、このノドも含めて、私は真狩で育てられたのです。あの澄んだ空気、奇麗な水、雪、土でできている気がします。そんな故郷に少しでも恩返しができるよう、誇りを持ち頑張って歌い続けたいと思います。

 ちなみに、「佐渡の恋唄」の歌碑は、真狩村に銅像ができた時と同じ94年7月に佐渡の小木港にできました。また、長男の譲、柚木由柚の作詞家デビュー作「城崎恋歌」の歌碑は05年3月に兵庫県豊岡市の城崎温泉駅前に建てられました。真狩村も含めて、もし行かれる機会があれば、ついでに立ち寄ってみてください。

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