松竹新喜劇の曽我廼家桃太郎 19日開幕「松竹新喜劇 陽春公演」で大役へ再挑戦

[ 2025年4月7日 17:40 ]

短い出番ながらも強烈な存在感を示すマー公役へ意気込みを語る松竹新喜劇の曽我廼家桃太郎
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 姿を見せるだけで「笑い」の予感がする。出てきただけで、たまらずクスクス笑い声がもれる。これこそが喜劇役者の真骨頂。

 松竹新喜劇の曽我廼家桃太郎(39)は、その要素が備わっている数少ない若手喜劇役者だ。上方喜劇の名門「曽我廼家」を名乗り始めて4年。

 19日に大阪松竹座で開幕する「松竹新喜劇 陽春公演」では名作「人生双六」で“つかみ”とも言えるホームレスのマー公に挑む。人生にしくじりながらも、懸命に生きることを決意する宇田信吉(藤山扇治郎)と最初に絡む重要な役どころ。過去には故・小島慶四郎さん(マー公の相方・ヤン公)、曽我廼家文童(78)や曽我廼家寛太郎(66)と松竹新喜劇の中でも絶対的エースの“笑い担当”が担ってきた。出番時間はわずかだが、桃太郎は「あそこで“人生双六”の流れが決まると言っても過言ではない。大事な役回りだと思っています」と気を引き締める。

 昨年11月に上演した同作でも同じ役を演じた。「千秋楽の日まで自分の中には毎日課題がありました。“いろいろやったらええんや”と先輩には言ってもらえるんですけど、どこまでやっていいのかが分からなくて。新喜劇らしさの中で“もっとやる”というバランスが難しい。暴れやすい役ではあるけれど、いざ舞台に立ってみると怖さがあるんです。でも、この短いスパンであの役をやらせてもらえるのは本当にありがたい」と感謝の再挑戦だ。

 岡山県で生まれ、子どものころから人を笑わせるのが好きだった。通知表に「休み時間と授業時間のケジメがついてない」と書かれるのが常。芸人に憧れ喜劇に興味があり、高校生のころには「そういう世界に入りたかった」。ただ、方法が分からず高校卒業後は専門学校を経て一旦はサラリーマンに。「小さいころから虫が好きだったのに、害虫駆除の会社で働いてたんですよ(笑い)」。そうやって飄々と話す姿もクスリとさせられる。

 「こう見えてもすごいマジメなんで」とし「育ててきてくれたお礼として、両親に初任給でプレゼントするっていうのはやっておきたかった」と最初から「3年」と決めて会社員生活を送った。その後、松竹芸能養成所に入り縁あって渋谷天外の付き人に。人生が大きく開けてきたのは「曽我廼家」を名乗ると決まり、扇治郎や渋谷天笑、曽我廼家一蝶、曽我廼家いろはとともに新しい劇団リーダーに抜てきされた時だ。「あれは自分でも気持ちが追いついてなかったですね。急に名前を頂ける事になって、僕以外の4人は経験もすごかったけど、僕だけ通行人とかしかやったことがない。“オレでいいのか?”という気持ちがずっとありました」と振り返る。

 桃太郎には昔から、自分で決めた約束事がある。それは「千秋楽の夜は一人で飲みに行くこと」。反省の酒、ホッと肩の荷を下ろす酒、楽しい酒…。ただ、曽我廼家になって初めての千秋楽は、たまたま妹と飲みに行くことになり「安堵感からか自然に涙が出てきてしまったんです。自分でも意外だったけど、筒いっぱいいっぱいでやってたんだな、と」。強くいたいはずの妹の前で涙を流し、ほろ苦くも忘れられない夜になった。

 最近、ようやく自分の名前がしっくりくるようになったという。そうなると夢は広がる。「志村けんさんとか、藤山直美さんとか自分の動きとセリフで劇場が笑いで揺れる…。これは選ばれた人間しかできないと思うし、喜劇人として、そこまで行けるのであれば行ってみたい」と愛嬌たっぷりの目を輝かす。「常に“まだまだ”と思っていますが、今は自分のポジションはここでいいんだ、とようやく思えてきた。舞台でもっと色濃く残したい」と飛躍を誓った。公演は「二階の奥さん」との2本立てで27日まで(23日は休演)。

 ◇曽我廼家 桃太郎(そがのや・ももたろう)本名・竹本真之。1985年(昭60)10月8日生まれ、岡山県出身の39歳。三代目渋谷天外の付き人となり2017年松竹新喜劇入団。21年11月の松竹座公演から曽我廼家を名乗る。

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