【日枝久という男】フジの黄金期築き政界にも太いパイプ 80年編成局長→88年生え抜き初の社長

[ 2025年3月28日 04:10 ]

日枝久氏
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 米投資ファンドから「独裁者」と名指しされた日枝氏だが、1960年代後半にはフジテレビの労働組合で書記長を務め、会社側と対峙(たいじ)。当時の経営陣から冷遇を受けた時期もあった。

 転機はフジサンケイグループの創業者一族で、のちに同グループ議長となる鹿内春雄氏との出会い。80年代初頭、鹿内春氏は低迷する同局で「80年改革」の陣頭指揮を執り、42歳の日枝氏を80年に編成局長に抜てきした。

 鹿内春氏の支援を受けた日枝氏は「楽しくなければテレビじゃない」というキャッチフレーズの下、ビートたけし、明石家さんまらを起用した「オレたちひょうきん族」など斬新な番組を次々に世に送り出し、視聴率3冠を達成。約10年にわたってフジの黄金期を築き、88年には生え抜き初の社長に就任した。

 鹿内春氏死去後の“お家騒動”では後継者だった娘婿の鹿内宏明氏追放の主導的役割を果たし、以後、グループ内での権力基盤はより強固なものとなった。

 実業家の堀江貴文氏が仕掛けた2005年のフジテレビ買収騒動ではフジの顔として連日、テレビに登場。08年にはフジHD会長に就任。政財界とのパイプも太く安倍晋三元首相とはゴルフ仲間。安倍氏が凶弾に倒れた際には遺体と対面した。豊富な人脈と交渉力を背景にフジの不動産事業を推し進め、今回のような問題が起きても耐えられるほどの経営基盤を確立した功績は大きい。金光氏も「企業風土の礎をつくっているのは間違いない」と語っている。

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