「アメリカ横断ウルトラクイズ」初代王者・松尾清三さん死去 「レジェンド中のレジェンド」に惜しむ声

[ 2024年5月30日 19:01 ]

松尾清三さん死去
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 日本テレビで1970年代から90年代にかけて放送された「アメリカ横断ウルトラクイズ」の第1回チャンピオンとして知られた松尾清三さんが24日に死去したことがわかった。85歳だった。

 松尾さんが特別会員だった日本クイズ協会が30日までに公式サイトで訃報を伝えた。

 投稿では「弊協会特別会員 松尾清三さんが去る2024年5月24日に逝去されました。弊協会では設立時から特別会員として活動を温かく見守ってくださりました。松尾さんの長きにわたるご活躍に深い尊敬と感謝の念を捧げますとともに、心よりのお悔やみを申し上げます」と追悼。「ご家族様からは、弔問等は控えていただければとのご意向です。皆様も松尾さんを静かに悼んでいただければと思います」と呼びかけた。

 松尾さんは京都出身。立命館大を卒業後、父が営む京都の材木店に勤務するかたわら、「パネルクイズアタック25」などさまざまなクイズ番組に出演。

 1977年に始まった「アメリカ横断ウルトラクイズ」では、第1回の予選で機内でのペーパークイズを1位通過。勢いのまま優勝して初代チャンピオンとなった。優勝賞品として「ラスベガスの土地1300坪」を獲得したが、実はその土地は砂漠の真ん中だったというオチも話題になった。

 松尾さんはその後も後進の指導を始め、長くクイズ界に携わった。

 日本クイズ協会理事で、株式会社セブンデイズウォー代表取締役社長の大門弘樹氏は、同志社大でクイズサークルを立ち上げた際の名づけ親になってもらったといい「若い人も分け隔てなく、面倒を見て下さった。関西クイズ界の父というくらい慕われていた方。レジェンドの中のレジェンドでも偉ぶらない方で、本当に京都の材木屋さんのおじさんという感じだった」と、亡き松尾さんの人柄をしのんだ。

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