津川雅彦さん、突然死だった…退院予定日直前に 死去当日も朝食ペロリ

[ 2018年8月9日 05:30 ]

俳優の津川雅彦さん
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 心不全のため4日に78歳で亡くなった俳優の津川雅彦さんが退院予定を目前にしての突然の死だったことが8日分かった。4月27日に永眠した妻で女優の朝丘雪路さん(享年82)の後を追うような最期。交友関係の広さを物語るように各界から多くの追悼コメントが寄せられたが、一監督、一俳優というだけでなく、多方面に影響を与えた大きな存在だったことを改めて示した。

 朝丘さんが亡くなってから99日、後を追うように津川さんは逝った。ろうそくの火がふっと消えるように突然息を引き取ったという。落語を題材にした監督作「寝ずの番」ではないが、関係者は「ひょっとしたら津川自身も死んだという意識がないままだったかもしれない」と語った。

 昨年10月に肺炎を患ってから心臓への負荷が増えて体調を崩しがちで、入退院を繰り返していた。酸素吸入器を手放せなくなっていたが、5月のゴールデンウイーク明けには心臓専門の病院で体力回復のリハビリを始めていたという。

 最後の入院は亡くなる1週間ほど前。日々回復を見せ、2日の木曜日には事務所に「良くなったから」と電話を入れ、「仕事を入れても大丈夫」とOKサイン。週明けの6日に退院する予定を立てていたという。

 息を引き取る4日当日も朝食をぺろりと平らげた。病院食ではなく、肉類など好きな物を取り寄せていた。その後も普通の様子だったが、午後5時45分、真由子と事務所社長が見守る中、苦しむことなく突然この世に別れを告げた。

 両親も俳優という芸能一家に生まれた津川さんは、石原裕次郎の弟役を探していた原作者の石原慎太郎氏に請われ、1956年の映画「狂った果実」で本格デビュー。二枚目スターとして脚光を浴びた。日活から松竹を経てフリーに転身してから役の幅が広がり、「お葬式」や「マルサの女」など、伊丹十三映画の常連となって存在感を示した。NHK大河ドラマ「葵 徳川三代」などで5度も徳川家康を演じるなど歴史上の人物も得意だった。一方で、政治的な発言でも知られ、歯に衣(きぬ)着せぬ論客としても知られた。

 5年前にアルツハイマー型認知症を患い、4月27日に先立った妻の朝丘さんとは73年に結婚。翌月に朝丘さんの死を公表し、5月20日に都内で会見。「彼女を残すよりはいい結果になった」と深い言葉を残していた。

 お嬢さま育ちの朝丘さん。「さみしさの余り、天国から津川さんを呼んだのかもしれない」との関係者の声が腑(ふ)に落ちる。

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