イモトアヤコが激走の末に得たものとは何だったのか
「24時間テレビ」チャリティーマラソン(日本テレビ)の中村博行プロデューサー(39)が今年のイモトアヤコの激走を振り返る。第3回はイモトアヤコがゴールして得たものとは何か。さらにリベンジの可能性を聞いた。(全3回)
24時間マラソンプロデューサーが明かす「残り1・19キロ」
イモトアヤコはなぜ大幅に遅れを縮めることができたのか
学生時代に短距離の選手だったイモトは当初、ピョンピョン跳ねるような走り方だった。これでは足への負担が大きい。女性最長距離を走る以上、足への負担を軽くすることが最優先だった。そのために練習では、「すり足走法」を徹底的に叩きこまれた。余計な筋肉を使うことなく、最低限のエネルギーで長い距離を走るようにするためだった。
「ずっと言い続けていました。我々スタッフで、イモトがちょっとでも跳ねると、すり足、すり足とずっと言い続けて、ずっと調整している感じかな。足の痛みが出て以来」
足が痛む様子は何度も何度も伴走するアナウンサーによって伝えられた。その足の痛み、正確に言うと、右ヒザの痛みはいつから出たのか。
「最初に練習してすぐ出たと思う。最初はピョンピョン跳ねるような短距離の走り方だったんですが、放っておいた。これでも大丈夫な足腰かもしれないし、結構平気で15キロくらい走れたし、その直後も出なかったから大丈夫かなと思った。次の朝、海外ロケのためにスイスへ飛び立った。そうしたら、“走った翌日から足がスゲー痛いんだけど、どうしたらいいんですか”って電話が掛かってきたんですよ。“死ぬほど痛いんだけど、どうしたらいい”みたいな話になって、とにかく氷でガンガン冷やせと指示しました。だから、やっぱりあの走り方(短距離フォーム)だと耐えられないんだなとスタッフが認識して以来、ずっと言い続けて直した」
走っている最中は右ヒザに加え、腰から股関節を経て太腿につながる腸腰筋も大きなダメージを受けた。休憩や信号待ちの間、しきりにマッサージやストレッチをして処置をしたが、その場しのぎにすぎなかった。苦痛で歪む顔が何度もブラウン管に映し出された。
痛みをこらえて走り、24時間テレビもすでに残すところ3時間あまり。疲労はピークに達し、さらに睡魔、体の痛みと戦いながら、イモトはゴールへ着実に前進していた。このペースで行けば…。ところが最後の試練が待っていた。関東地方を襲った台風11号だった。突然の土砂降りは体温の低下を招いた。
「夕方からすごい寒かった。あれはテレビで映っている以上に土砂降りだから。警察の約束上、位置がわかるようには撮らない。あまり広い絵は撮らないようにしている。そうすると、寄った映像が多くなって、あんまり雨が映らなくなる。(実際は)カメラに映っている以上に土砂降りですから。午後6時過ぎ頃から寒くて、寒くて、寒くて仕方なかった。すごいきつかった」
急速な体温の低下がわずかに残っていたイモトの体力さえ奪い去ったことは想像に難くない。12回目のマラソンとなった中村プロデューサーにとっても経験したことのない集中豪雨。進路を阻む“水壁”で思うように進まない。時間だけが、非常に時を刻んでいた。
「下手に濡れたあとに(雨よけのため)カッパを着ると脱水になっちゃう。汗が蒸発しなくなってしまうので、着られないですよね。12回マラソンを走って、あそこまで短時間で土砂降りだったのはこれまでなかった。だから(体温を上げる策として)走るペースを上げて、筋出力を上げて、筋熱量を上げるしかない…。それでも、まあ、間に合う、間に合わないという(駆け引きの)ところで、あと3時間で(生中継が)終わるからそれどころじゃなかったですけどね」
道中襲いかかった幾多の困難をすべて乗り越えた。長い長い挑戦はようやくフィナーレだ。出演者、応援してくれたファンら大勢の人たちが見守る前で、ゴールテープを切った。生中継終了から15分が経過していた。ウォータープルーフを施したトレードマークの極太眉毛はすっかり雨で流されていた。
「私は何もない」。こう語っていたイモトの表情は実に晴れやかだった。極細眉毛となった“珍獣ハンター”は達成感に満ちていた。彼女が126・585キロを完走して得たものとは何だったのか。中村プロデューサーはきっぱり言い切った。
「自信だと思います。何もないから与えられたというか、降ってきた試練は“結構がんばりゃできんだなぁ”みたいな実感はあったんだと思います。お笑いに限らず素敵なタレントさんになると思いますよ。今も十分そうですけどね」
時間内へ入れてやりたかった―。何度も中村プロデューサーの口をついて出た自責の念。もう一度、イモトアヤコとの挑戦はないのだろうか。最後にリベンジの可能性について質問をぶつけた。
「24時間マラソンのランナーというのは全社的な決定なので、どうとも言えない。1人でも決められないし、イモトの意志でも決められないので、まったくわからないというのが正直なところですね」
「これは答え方が難しくて、演出家としてはつまんないわけですよ。同じ距離を同じ時間で同じ人が走っても。テレビですから、視聴者としても面白くないですよね。だから、そこ(再挑戦の思い)はあんまりないですね。視聴者が興奮したり、見てよかったと思うのがテレビだから。僕もイモトも職業人として走っている。いいテレビ番組というのは何を持っていいというのは色々あると思いますけど…。もちろん視聴率も取って、見た人が何か感じとれてっていう番組になるんだったらやってもいいと思うし…。そこにあまり個人的な感情はないですね」
イモトが今回のチャレンジを機にタレントとしてもうひと回り大きく成長したとき、新たな挑戦が待っているはずだ。“珍獣ハンター”に捕らえられぬ“獲物”はない。(おわり)
▼中村博行(なかむら・ひろゆき) 1970年9月13日生まれ。福井県出身。京都大学卒。93年日本テレビ入社。番組制作部門に配属。「知ってるつもり?!」「とんねるずの生だら!!」などのレギュラー番組に携わる一方、特番として97年から「24時間テレビ」チャリティーマラソン制作スタッフを務めている。著書に「準備は3日間だけ!練習ゼロで完走できる非常識フルマラソン術」(光文社)。
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