【内田雅也の追球】「稚心」でなく「童心」

[ 2025年9月3日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神5-3中日 ( 2025年9月2日    バンテリンD )

<中・神(18)>5回、熊谷は左前打を放つ(撮影・北條 貴史)
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 日本代表前監督の栗山英樹日本ハム監督時代の2019年に出した著書のタイトルは『稚心(ちしん)を去る』(ワニブックス)だった。

 幕末の志士、橋本左内が数え15歳で著した『啓発録』(1848年)にある。<稚心とは幼なごころということにて(中略)稚ということを離れぬ間は、ものの成り揚がることなきなり>。幼稚な心を捨て去らない限り何をやっても上達せず、世に知られる人物になれないと断じている。

 阪神監督・藤川球児が8月30日の巨人戦(甲子園)でバント失敗に怠慢走塁をおかした高寺望夢を「お子ちゃま」と叱責(しっせき)したのは稚心が見えたからだろう。

 藤川は言った。「フライが上がって走っていないとか。その後(ベンチの)後ろに下がってしまって。逃げてんじゃないか。少しうまくいかないからって下がっているようでは、このチームじゃ戦えない」

 その点で見習いたいのは熊谷敬宥だ。高寺と同じ内外野を守れるユーティリティーである。

 この夜は6番・遊撃で先発。3回表、1死一塁で左翼席にプロ初本塁打を放った。フルカウントで走者スタートのランエンドヒット。内角カッターをシャープに振り抜いた。2メートル01の長身左腕カイル・マラーから1メートル75の小兵が打つ。かつて金田正一をよく打った吉田義男のようである。時に忍者のような守備も「牛若丸」に似る。

 さらに熊谷の強みは次の打席に見えた。追い込まれながら内角速球を左前打した。低いライナーだった。一発の直後でも自分を見失っていない。

 日々、準備を入念に怠らず、出番に備える。出れば、はつらつと動き回る。プレーできる喜びが表に出る。野球少年のような「童心」が見える。

 稚心は他者に依存する幼稚さ、童心は純粋で前向き。この違いである。

 栗山は先の書の出版記念トークショーで「俺のことどうするの?とか、俺のこと見てる?とか。そんなことじゃない。組織が勝つためにみんなやってくれと言っている。俺を含めて全員が成長しなきゃいけない」と話した。藤川も高寺の件で「それは自分の責任」と自覚していた。だから、首位独走でも慢心はない。

 9月に入り、季節は七十二候の「禾乃登(こくものすなわちみのる)」を迎えた。稲など穀物が実り始めるころだ。収穫の時が迫ってきた。 =敬称略=
 (編集委員)

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