【ソフトバンク・中村晃コラム】高校時代の経験があるからこそ今の自分がある

[ 2025年8月12日 06:00 ]

06年、夏の甲子園で如水館戦に出場し、勝ち越し本塁打を放った帝京・中村晃
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 8月は甲子園での高校野球を楽しみにしている方も多いかと思います。今回は私の帝京高校時代の思い出をテーマにしたいと思います。

 2年夏から3季連続で甲子園に出場することができましたが、一番印象に残っているのは初めてプレーした2年夏の如水館との試合です。テレビで見ていた場所です。緊張もある一方で「やっと来ることができた」という感慨深い思いが強かったですね。その試合では勝ち越しホームランを打ちます。当時から将来プロになりたいという夢を持っていた中で大きな自信にもなりました。

 その年は準々決勝の智弁和歌山戦でサヨナラ負けをしました。ご存じの方もいるかもしれませんが最終的なスコアが12―13の壮絶な打ち合いでした。相手のパワーに圧倒されましたし、やはり応援の凄さというものも感じた試合でした。

 9回表に追い詰められていた私たちが逆転に成功します。その時は大きな声援を受けていることを感じていたのですが、それが9回裏の相手の攻撃になると一変します。応援を聞いているというイメージしか残ってないですからね。正直、守っていてどういうプレーがあったかは思い出せないくらいです。

 高校では勝つことの大変さや、勝つために努力し考えることの大切さを学びました。前田三夫監督からは「自分たちの野球を自分たちでつくらないといけない」と言われており、2年の夏に1学年上の先輩たちと「どうやったら勝てるか」を懸命に模索した結果、甲子園に行くことができました。3年時の春夏出場は前年につくり上げたものがあったからこそだと思っています。

 ミーティングもたくさんしました。学年に関係なく選手間で激しく言い合いもしました。全て勝つためです。どれだけ力があっても勝つためには個々が自分を犠牲にしないといけない。練習試合でも右打ちなどの細かいプレーを徹底し、それができない人は厳しく指摘されました。最初はきれいな野球をしていたチームが、泥くさく1点を取り、泥くさく守る意識を共有できるようになりました。

 今のホークスでの自分があるのも、当時のおかげだと思っています。もちろん大変だった思い出も多いですけどね。例えば、私は食が細かったため、今で言う“食トレ”はつらかったですよ。食べなければいけないというプレッシャーで、ますます食べられなくなるんですよね。

 いよいよシーズンも終盤に差しかかってきました。最近は出場が減っていますが、来た出番にしっかり応えられるように準備をしっかりしています。ここからは1試合の重さも変わってきますが、打席に立った時はあくまでも目の前に来るボールに集中していきたいと思っています。 (福岡ソフトバンクホークス外野手)

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