95年からMLB取材記者がイチロー氏&野茂氏の言葉回顧「失敗できない」先駆者にしか分からない決意

[ 2025年7月29日 01:30 ]

イチロー氏米殿堂入り表彰式典 ( 2025年7月27日    米ニューヨーク・クーパーズタウン )

2004年12月、仰木彬氏(中央)殿堂入りパーティーに出席した野茂英雄氏(左)とイチロー氏(右)
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 イチロー氏が唯一日本語を使って述べた野茂英雄氏への感謝。2人のパイオニアを追ってきた本紙・笹田幸嗣通信員(61)の胸にも特別な思いが宿った。95年の野茂氏のドジャース移籍時から大リーグ取材を続け、イチロー氏の19年の現役引退まで追った同通信員が2人の言葉を回顧した。

 「野茂さん、ありがとうございました」

 イチローさんが公の場で初めて口にしたこの言葉を聞き涙が出た。

 95年5月。メジャー初勝利前に野茂さんから「僕は失敗するわけにはいかんのです。失敗したら日本人選手にダメの烙印(らくいん)を押される」という言葉を聞き、自分の夢を追い求め海を渡っただけでないことを知った。同様にイチローさんからも「僕の場合、失敗しましたじゃ許されませんから」と聞いた。ともに先駆者だけにしか分からない決意、背負った責任だ。

 その2人は今回、記念式典を2日前にした25日、クーパーズタウンにある米野球殿堂博物館で行われた関係者だけの集まりで顔を合わせた。イチローさんにとっては感謝の意を直接伝えることのできた機会。そして「同志」としてどんな会話を交わしたのだろうか。

 スピーチ後の会見でイチローさんには野茂さんへの思いを聞いた。「野茂さんの存在というのは日本人のたたずまいとか、所作とか、ああ、こういうものだよなって。淡々とプレーし続けるあの姿は、凄くあの当時に感銘を受けました。それは相手に対するリスペクトにつながるわけですけど。そこも野茂さんと共有、勝手に(僕が)してた感覚が凄くうれしかったですね」

 野茂さんからはこんな言葉も聞いたことがある。「僕が最初にやっていなくても、誰かがやっていたと思いますよ」。2日前の2人の会話はこんな感じだったのではないかと、勝手に推測している。

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