【高校野球】法政・佐相監督 1月死去した名将の父にささぐ1勝 最後の約束「監督として甲子園へ」

[ 2025年7月17日 05:00 ]

第107回全国高校野球選手権 西東京大会3回戦   法政4―1福生 ( 2025年7月16日    スリーボンド上柚木 )

<福生・法政>7回、法政・久保田の適時打で喜ぶ法政・佐相監督(左から2人目)とナインら(撮影・郡司 修)
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 第107回全国高校野球選手権大会(8月5日開幕、甲子園)の地方大会は16日、32大会で181試合(継続試合含む)が行われた。西東京大会3回戦では法政が4―1で福生を下し、初戦を突破した。神奈川の川崎北、相模原で監督を務め、今年1月にすい臓がんのため66歳で死去した父・佐相真澄さんの遺志を継ぐ健斗監督(34)が勝利を届けた。

 佐相監督が病院で家族とともに父・真澄さんの余命を告げられたのは昨年6月だった。すい臓がんのステージ4。「まさか」とショックを隠せなかった。

 父は川崎北と相模原で監督を務め、県立ながら激戦区の神奈川で強豪私学と数々の名勝負を繰り広げた名将だった。19年夏には横浜を破り、相模原を初の4強へ導いた。闘病の末、甲子園の夢半ばで1月24日に66歳でこの世を去った。功績を認められて今月6日に「育成功労賞」を受賞。逆転で父に勝利を届けた夏の初戦、涙雨が胸に染みた。

 先手を許し、3回に同点。7回1死二、三塁から3番・福田悠成(2年)の左前適時打で2点を勝ち越すなど一挙3得点を奪った。2回途中からの継投策で守り切り、「苦しい展開で“大丈夫、大丈夫”と言い聞かせていた。雨でも戦い方は変えていない。投手はいい人から先に投入していこうと考えていた」と振り返った。

 父が監督を務めていた川崎北で野球に打ち込んだ。強打の外野手として中核を担い、指導者としての姿も間近で見た。「“佐相真澄”という形がある人で、楽観的な優しい人だった」。日体大へ進んで教員免許を取り、20年1月に法政監督に就任。同じ立場になり「父のように人の人生の手助けとなりたい」と胸に刻む。

 亡くなる直前まで一切弱音を吐かず、最期もたわいのない会話で天国へと旅立ったという。最後に交わした約束は「監督として甲子園へ行くこと」だ。「代わりというより一緒に行きたい」。父が掲げた「打ち勝つ野球」を継承し、強豪ひしめく西東京に挑む。父子の物語はまだ序章に過ぎない。(小川 蒼馬)

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