長嶋茂雄氏 松井秀喜に英才教育「最高のホームランバッター」に ヤンキース移籍後も素振りさせアドバイス

[ 2025年6月4日 06:30 ]

長嶋茂雄さん死去

松井秀喜を引き当てた巨人・長嶋茂雄監督(左)
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 長嶋さんが手塩にかけて育ててきたのが松井秀喜だ。92年11月のドラフト会議。巨人監督に復帰したばかりの長嶋さんが4球団競合となった星稜(石川)の超高校級スラッガー・松井の当たりくじを引き当てた。右手でガッツポーズをつくり、本人に直接電話を入れた。声を聞いた途端、阪神入団を熱望していた18歳の表情が崩れた。「うれしい。雲の上の人だと思っていたから」。あっという間にハートをつかんだ。

 「4番千日計画」と称して1年目から鍛えた。球場、自宅、遠征先のホテルの部屋でも素振りをさせた。日本を代表する強打者になっても同じで、ヤンキース移籍後もニューヨーク滞在中のホテルの一室に呼び寄せて素振りをさせ、バットが空を切る音を聞いてアドバイスを送った。

 02年10月31日。巨人が日本一になった翌日にメジャー挑戦の意思を伝えられた。寂しそうな表情を浮かべたが「どうせ行くならヤンキースに行けよ」と言った。愛弟子も師匠の言葉通り、ピンストライプのユニホームに袖を通した。7年目の09年にはワールドシリーズ制覇に導き、日本人初のMVPに輝いた。

 日米通算507本塁打を記録。12年の引退会見では「現役時代の一番の思い出は、長嶋監督との素振りの時間」と即答した。04年に長嶋さんが脳梗塞で倒れた後も、何度も電話で励まされた。「いつまでも子供扱いで、褒められたことがない」と苦笑する愛弟子の引退の報に触れた時、長嶋さんはやっと「現代で最高のホームランバッターだった」と賛辞を贈った。

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