ミキハウス・深野レオン 激しい外野の定位置争いへ「今年は勝負の1年」 かつての仲間に雄姿届ける

[ 2025年3月23日 17:00 ]

定位置獲得を狙うミキハウス・深野
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 ミキハウス・深野レオン外野手(23)は、悲壮な決意を胸にグラウンドに立ち続けている。今季が入社2年目。激しい定位置争いに挑む日々を、こんな言葉で表現した。

 「今年は自分の中でも人生のターニングポイントではないですが、勝負の1年だと感じています。今年、結果を出せなかったら、辞めるぐらいの覚悟でやっています」

 木更津総合(千葉)では主将を務め、創価大でも4番を任された。4年春のリーグ戦ではMVPを獲得。左打席から放たれる鋭い打球で注目を集めてきたが、社会人野球の壁は想像以上に分厚かった。

 「去年、バッティングを含め、全ての面でチームの勝利に貢献することができませんでした。なので、しっかり自分の課題と向き合って、バッティングのフォームや軌道の修正に取り組んできました」

 手元で曲がる変化球にも苦しんだが、一番は直球に振り負ける場面が目立った。今オフはアッパーの度合いが強かったスイング軌道を修正。自分のイメージよりも「上からバットを出してボールをつぶす」ことを心がけてきた。3月10日の佛教大とのオープン戦では、右翼へ特大のソロ。紅白戦では逆方向へも一発を放つなど、スピンの効いた伸びのある打球を放つケースが増えてきた。

 仲間と恩師の励ましがあったからこそ、今がある。創価大2年秋の試合中に右手首のじん帯を断裂。半年に及ぶ長いリハビリを経て、3年夏に何とか復帰を果たしたが、程なくして、今度は外野守備の交錯プレーで顎の骨を骨折した。即手術を受け、1カ月間の入院生活。患部を固定していたため、流動食と点滴のみの栄養補給で体重は8キロも落ちた。

 「ケガが続いてしまっていたので…。時期も時期でしたし、もう野球を辞めざるを得ないかな、と」

 焦りはいつしか諦めへと変わり、次第に野球への情熱は衰えていった。これ以上、選手として野球を続けても、いいことはない――。鬱屈とした感情に押しつぶされかけた時、深野の背中を押してくれたのは同学年の仲間たちだった。

 「まだチャンスはあるから、諦めずに頑張ってみろよ」

 裏方に回り、選手である自分を献身的に支えてきてくれていた学生コーチからの言葉に、どれほど勇気づけられたか分からない。堀内尊法前監督、佐藤康弘監督の2人からも「後悔しないよう、野球をやれる間は上を目指せ」と励ましてもらった。

 「やれるところまでやってみよう」

 野球ができることは当たり前ではない。退院後は気持ちを切り替え、今まで以上に、真摯に野球と向き合った。コツコツと結果を積み上げ、3年秋の関東地区大学野球選手権ではスタメンの座をゲット。2試合で7打数4安打1打点、打率・571の数字を残し、翌春の活躍につなげた。

 「指導者の方々、チームメートにすごく恵まれました。裏方として支えてくれた同級生たちにも、本当に感謝しています。今年は2大大会で活躍することが目標。まずはスタメンを取って、ホームランを打ちたい」

 社会人野球の舞台は、ごく一部の選ばれし人たちしか立つことができない。自分を支えてくれた多くの人々のために。冒頭で記した揺るぎない決意には、恩返しの意味も込められている。

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