【センバツ】エナジックスポーツ 沖縄から新風!!ノーサイン革命で甲子園初勝利

[ 2025年3月22日 06:00 ]

第97回選抜高校野球大会第4日 1回戦   エナジックスポーツ8―0至学館 ( 2025年3月21日    甲子園 )

<エナジックスポーツ・至学館>7回、伊佐(手前)の2点適時打に盛り上がるエナジックスポーツの選手たち(撮影・北條 貴史)
Photo By スポニチ

 創部4年目で初の甲子園出場となったエナジックスポーツ(沖縄)が、至学館(愛知)を8―0で下し、春夏通じて初勝利を挙げた。神谷嘉宗監督(69)が掲げるノーサイン野球で、選手たちは個々の判断でバントなどを行い、アイコンタクトでヒットエンドランを仕掛けるなど、多彩な攻撃で12安打をマーク。投げては久高颯投手(3年)が4安打完封勝利を挙げた。

 新時代に突入した。エナジックスポーツが掲げるノーサイン野球。神髄が発揮されたのは2―0の7回無死一塁だった。1番のイーマン琉海(るかい)が、一走・宮里康平の動きから「行きそうな雰囲気をしていた」とスタートすると察知。ヒットエンドラン――2人の脳内で合致した。変化球を三遊間へゴロで転がすと、遊撃への内野安打となりチャンスが広がった。これで勢いづいた打線はこの回打者10人で一挙6得点の猛攻。創部4年目で聖地初勝利を刻んだ。

 異色のスタイルを神谷嘉宗監督が打ち出した。08年夏に浦添商で甲子園4強、14年は美里工を率いて選抜大会に出場。明治神宮大会で東亜大を3度も日本一に導いた中野泰造監督(当時)が掲げるノーサイン野球の試合を見て「大物を食える野球」と感銘を受けた。

 美里工時代の途中から始め、22年創部のエナジックスポーツでも取り入れた。実戦練習を増やし、意思疎通はアイコンタクト。ベンチを見る選手は誰もいない。4安打したイーマンは「高校で展開とか流れを読めるようになってきた。野球が凄く面白い」と充実感を漂わせた。2―0の3回1死二、三塁では5番・平良章伍の5球目にヒットエンドラン(結果はファウル)と常識破りな攻めも披露。これもアイコンタクトだった。

 至学館に計38回もけん制球を投げ込ませるなど、塁上から重圧を与え続けた。指揮官は「監督が指揮するのが野球なのか。この考えを変えないとダメ。結局やらされている野球しかできない。瞬間、瞬間で判断し、勝負していくことが野球にも今後もっと出てくる」と熱く意義を語った。

 25日の2回戦は智弁和歌山に挑む。イーマンはお立ち台で言った。「ノーサイン野球を貫き通して優勝したい」。不足ない相手に発揮しエナジック旋風を起こす。 (杉浦 友樹)

 ○…エース左腕・久高が公式戦初完封を演じた。「緊張で体が動かず、直球が打ちごろのスピードしか出ない。変化球を軸にした」。冷静に組み立てを変更し、4安打4四死球7奪三振。威力を発揮したのはチェンジアップだ。昨夏の甲子園で胴上げ投手となった京都国際の左腕・西村一毅のチェンジアップを見て「あれがあったら投球が楽になる」。冬場に投げ込んで習得し、大舞台での好投につなげた。目標は同じ沖縄出身の左腕、オリックス・宮城。その宮城もできなかった甲子園での完封勝利に「憧れていた地で楽しかった」とかみしめた。

 ≪県勢アベック初戦突破は初めて≫
 ○…エナジックスポーツの創部4年目での甲子園初勝利は、選抜では93年東筑紫学園、04年済美、05年神村学園の3年目に次ぐスピード記録。なお、夏は02年に遊学館が創部2年目で初白星を挙げている。

 ○…校名にカタカナを含む学校の甲子園出場は6校目。選抜では65年コザ、21年聖カタリナ学園、22、23年クラークに次いで4校目で、勝ったのは初めて。

 ○…沖縄尚学に続き沖縄勢が2校初戦突破。沖縄勢の選抜2校出場は10年(興南、嘉手納)、14年(沖縄尚学、美里工)以来11年ぶり3度目だが、アベック勝利は初めて。

続きを表示

「大谷翔平」特集記事

「始球式」特集記事

野球の2025年3月22日のニュース