阪神・ビーズリー 原点にあるのは幼少期に大自然から教わった“命の授業”

[ 2025年2月20日 05:15 ]

マウンドから空を見上げるビーズリー
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 【松本航亮の虎万博】4月13日に「2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)」が開幕する。世界から人や物が集まる一大イベントに合わせ、スポニチでは各国からやってきた阪神助っ人を紹介する。第2回は米国ジョージア州出身のジェレミー・ビーズリー投手(29)。来日3年目に臨む右腕に、ハンティングや釣りを楽しんだ幼少期、野球の厳しさを知ったメジャー時代を語ってもらった。

 ビーズリーは、大自然の中を駆け巡った幼少期に思いをはせた。祖父に連れられて出かけたハンティング、釣り…。故郷のジョージア州ライオンズは山や池に囲まれ、日本と同じように四季がある。季節によって移り変わる動物たちを、夢中になって追いかけた。

 「大きい鹿を仕留めたこと、池釣りで12ポンド(約5・4キロ)のマウンテンバスを釣り上げたことが自慢だね」

 ハンティングと釣りは、ビーズリーの人格形成にも大きく影響を与えた。「命をいただく行為。感謝の気持ちはそこから学んだ」。ビーズリーは、登板前に必ず一礼してからマウンドに上がる。たとえライナーに襲われても、打った打者に「なんともないよ」と会釈で返す。チーム内外で知られるナイスガイの原点には、大自然に教えられた“命の授業”があった。

 ベースボールの本場育ちだけあって、無類の野球好きでもある。「初めてボールを握ったときから、野球を辞めたいと思ったことは一度もない」。ただ、そんな右腕でも野球をするのが辛かった時期があった。マイナーでの下積み時代だ。

 「アメリカの野球はプロスペクトとして期待されている選手以外は、生き残るのが難しい。ビジネスの世界なので。自分の“好き”だけでやってきた野球とは違った」

 日本とは違い、厳格かつドライに“区別”される環境の中で生き抜くために、ビーズリーはどんな役割でも受け入れてきた。図らずも、その経験が日本で生きることになった。先発、中継ぎともに高い精度でこなし、不規則なローテーションにも対応できるのは、そのたまものと言えるかもしれない。

 常に感謝の気持ちを持って、謙虚にマウンドに立ち続けるビーズリー。記者もその姿勢を見習いつつ、日々の原稿に取り組みたい。 (松本 航亮)

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